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『POSTLUDIUM』発売記念 〜伊藤ゴロー“ポストリューディウム”的セレクション & 特別インタビュー〜

2013年12月19日 (木)



POSTLUDIUM


ジャンルの境を踏み破る、インストゥルメンタルの深化。


 伊藤ゴロー 『Postludium』

Postludium
本アルバムは、〈ECM〉諸作を彷彿とさせる、ジャンルを越境したインストゥルメンタル作として高い評価を獲得、ロングセラーとなった2ndソロ・アルバム、《GLASHAUS(グラスハウス)》に続き、伊藤ゴローが類い稀なるハーモニーへの犀利な感覚により、その透徹した世界を深化させた作品です。卓越した日本人ミュージシャン、丈青、秋田ゴールドマン(SOIL&"PIMP"SESSIONS)、鳥越啓介、千住宗臣などとともに、インプロヴィゼーションの要素を多分に含ませ、そのきらめきと緻密なコンポジションとが共鳴する、あらたな領域へと歩みを進めた作品といえます。ジャケットを手掛けるのは詩人/作家で、自らが装幀を手掛けた著作が「造本装幀コンクール経済産業大臣賞」を受賞する平出隆を起用。

1. Opuscule T / 2. The Isle / 3. Luminescence -Dedicated to H.H. / 4. Opuscule V / 5. Plate ]\ / 6. Postludium/ 7. Opuscule X / 8. Blau Chian / 9. Daisy Chain / 10. Opuscule Z / 11. Thyra





『POSTLUDIUM』発売記念
伊藤ゴロー“ポストリューディウム”的セレクション & 特別インタビュー

 多くの音楽ファンから絶賛を浴びた静かなる傑作『GLASHAUS』より、約1年半あまりの時を経て、再びSPIRAL RECORDSから新作『POSTLUDIUM』を発表した伊藤ゴローさんにお話を伺いました。なんと、ゴローさんにおすすめの“ポストリューディウム”的作品をセレクトしていただきました。もちろん新作についてもインタビューしましたので、ぜひお楽しみください!




山本勇樹(以下、山本):今日は伊藤ゴローさんの新作『POSTLUDIUM』の発売を記念して、ゴローさんと私でおすすめのCDを5枚ずつ持ちあって、それを聴きながらお話をお聞きする企画です。最後に新作についてもお聞きします。それではよろしくお願いします。

伊藤ゴロー(以下:ゴロー):なんだか対決みたいで面白そうですね(笑)。

山本:今回どういうテーマで、5枚のCDを選んだのですか?

ゴロー:選んだ5枚は『POSTLUDIUM』を制作する上で、サウンドのリファレンスという存在でもあり、レコーディングしている時によく聴いていた作品でもあります。たとえばレコーディングに参加してもらうミュージシャンに事前に聴いてもらって意識を共有したり、そういう役割をした作品もあります。

山本:意識を共有するとは?

伊藤ゴロー ゴロー:今回のアルバムはジャズのプレイヤーの方たちがドラム、ウッド・ベース、ピアノで参加しています。でも一口にジャズといっても、みんなが思い描くジャズはそれぞれ違う。だから自分が思い描くジャズの音を共有する必要があります。例えばこのコリン・ヴァロンのECMの『Rruga』はまさに自分が理想とするジャズの音が入っています。あと、もう1枚挙げるならステファノ・バタグリアの『The River of Anyder』も同じですね。これは今回、エンジニアも含めて、録音やサウンドを共有した2枚です。

山本:コリン・ヴァロンの『Rruga』は、Quiet CornerのECM特集でも、ゴローさんに選んでいただきました。

ゴロー:そうですね。これは、はじめて聴いたときからすごいと思いました。もっと話題になってもいいのにと思うくらい。コリンのピアノはもちろんですが、サミュエル・ローラーのドラムも好きです。特に1曲目の「Telepathy」は、ジャズを聴いている高揚感だけではない抜けのよさと、あと拍子が凝っていてリズムが複雑なんですけど、細かい部分を構築しながらそれを難しく聴かせないテクニックを持っています。これは最近のECMの中でも上位に入るくらい気に入っています。

山本:ECMといえば、創始者のマンフレート・アイヒャーの来日が中止となりましたが、ゴローさんは9月に韓国で開催されたECMのフェスティヴァルを観に行かれたそうですね。

ゴロー:はい。開催されたのは、韓国でも有名なソウル・アート・センターというホールで、とても音響が優れていました。ラルフ・タウナーと、韓国人のヴォーカリストのシン・イェウォンも観ることができたので、とても充実したフェスティヴァルでした。そうそう、アイヒャーにも会うことができて、『GLASHAUS』を渡そうしたら、「持っている」と言われました(笑)。

山本:おっ、ゴローさんがECMに録音する日も遠くないですね!ちなみに私も恐縮ですが、“ポストリューディウム”的な作品を持ってきました。まず1枚目がこのティエリー・ラングです。

ゴロー:ACTレーベルですね。編成が面白い。僕が好きなフリューゲル・ホーンとチェロが入っている、しかもチェロはクァルテットですね。フリューゲルやチェロはトランペットやヴァイオリンに比べると、耳にやさしいですよね。チェロという楽器は本当に好きで、『GLASHAUS』ではジャキス・モレレンバウムに弾いてもらいました。

山本:このアルバムの曲はティエリー・ラングの出身地スイスの民謡みたいですね。『GLASHAUS』を聴いたとき、なぜかそういうトラディショナルな感覚をおぼえました。どこか異国的で懐かしいような。

ゴロー:さっきのコリン・ヴァロンもスイス出身ですよ。ECMにもトラディショナルな要素をもった音楽家が多いですよね。


Colin Vallon
『Rruga』


Rruga スイスの注目若手トリオがECMより満を持してデビュー。スイス、ローザンヌ1980年生まれのピアニストColin Vallonを中心としたトリオ。Colinは1999年から自らのトリオを結成、活動してきました。2004年に現メンバーのベーシストで1972年Aigle生まれのPatrice Moretと1977年Bern生まれのドラマーSamuel Rohrerが参加。3人とも曲も書き、プレイヤーとしても優れている活気に満ちたトリオです。もちろん全曲メンバーによるオリジナルで構成。Colinがインスパイアを最も受けるのはシンガーからだそうで、このトリオはメロディー、テクスチャー、影、さらにダイナミックさも持ち合わせたユニークな“歌”を聴かせてくれます。トルコのフォークやRadioheadに影響を受けた曲など幅広いセンスはとてもセンシティヴなサウンドでECMファンの期待通りの一枚。


Thierry Lang
『Lyoba Revisited』


Lyoba Revisited ビル・エヴァンス直系のリリカルなタッチが魅力の、スイス出身のピアニスト、ティエリー・ラングが、同郷スイス生れの作曲家ジョゼフ・ボベによる伝統的な民謡をチェロ・クァルテットにアレンジして好評を博した2008年のミュジク・スイス盤を同メンバーで再演。レーベルはドイツのACT。中島ノブユキも絶賛する繊細なアレンジメント。牧歌的な雰囲気を湛えたメロディが叙情的で美しいピアノによって綴られます。









山本:では、ゴローさん2枚目のセレクトをお願いします。

ゴロー:教授の1994年『Sweet Revenge』です。僕はYMOや教授のラジオ番組「サウンド・ストリート」はリアルタイムで聴いていたから、そこでロック、テクノ、民族音楽、クラシックなど色々な音楽を知りました。最近改めて思うことは、「こんなに教授の影響を受けていたんだ」ということ。特に曲作りや骨組みの所を意識しながら聴いていますね。そうすると共感する部分もあるし、アイデアを膨らますヒントになります。

山本:教授の曲作りや骨組みとは?

ゴロー:坂本龍一の楽曲というと、フランスの近代音楽のイメージがありますけど、実は骨組みの所はドイツ的というかベートーベンのようにがっちりしている所があると思います。それにフランスの味付けを施しているという感じでしょうか。もちろん教授の音楽には、ずっと以前から影響を受けていると思いますけど、ここ最近になってからそういう曲作りの細かい所を、自分が聴けるようなになった感じですね。

山本:ゴローさんが教授と出会ったきっかけは?

ゴロー:たしか2007年に出したペンギンカフェのトリビュート作品に参加していただいたのがきっかけですね。ちょうど教授がcommmonsというレーベルを立ち上げて、せっかくだからここから出そうという話になりました。そしてnaomi & goroの作品も聴いていたみたいで、これもcommmonsから出したいと言われて、そこからです。

山本:では私の2枚目はイタリアのEGEAからで、リカルド・ゼニアというピアニストです。これはクラリネットとフルート、ヴァイオリン、チェロ、コントラバスという編成なんですけど、演奏も穏やかで細やかですね。ゴローさんの音楽も控え目な印象で、音の隙間や余白がありますよね。朝昼晩または春夏秋冬、時や季節を選ばずに自然に流れているのが魅力的です。

ゴロー:『GLASHAUS』のような作品は音数も少ないから、演奏者の個人の力量が大きくクオリティを左右します。だからジャキスやアンドレ・メマーリにはとても感謝しています。彼らは僕の音楽を何倍にも膨らましてくれました。ジャキスのチェロはまず音色がいいですよね。ジャキスが弾くだけで音楽が広がる感じ。他の人が同じチェロを弾いてもああいう音色は出せない。音楽は曲がしっかりしていないとだめですけど、やはり音楽家の演奏が大事ですよね。


坂本龍一
『Sweet Revenge』


Sweet Revenge 1994年に発売されたこの作品は、当時、坂本龍一がNYに拠点を移してから間のあいたアルバムとなった。今井美樹とのデュエット曲「二人の果て」や高野寛とのコラボレーションなど、新境地へと踏み出した教授の一面がうかがえる。得意のオーケストラルなアレンジや、ブラジル〜ラテンのリズムを取り入れた都会的なサウンド、大人のためのBGMとしてはこれ以上にない贅沢な仕上がり。90年代という成熟した日本の音楽マーケットの中でも特異な一枚として今もなお評価が高いのもうなづける。


Riccardo Zegna
『Carillon』


Carillon イタリアの室内楽レーベルEGEAに残された静謐なアンサンブル。優美なピアノをメインにして、フルート、ヴァイオリン、チェロ、ベース、そしてクラリネットに名手ガブリエレ・ミラバッシ、そしてたおやかな女性ヴォーカルも加えている。まさに上質。EGEAらしい残響を活かした独特の録音にも注目したい。イタリアの街並みに香る哀愁の雰囲気をただよわすメランコリーが聴く者のイマジネーションを豊かにする。







山本:ではゴローさんの3枚目をお願いします。次はクラシックですか。

ゴロー:ヴァレリー・アファナシエフです。いつも聴いているわけではないけど、たまに聴きたくなるピアニストですね(笑)。先日NHKの番組で京都の法然院で演奏している映像を観て感動したんですけど、彼の演奏は、大きな“間”があるのが特徴で、御寺という空間に合っていて日本の文化にも美しく調和していましたね。その時はたしかシューベルトの即興曲を弾いていたと思いますが、このECMの作品に収録されている「楽興の時」も素晴らしいですね。

山本:シューベルトお好きなんですか?

ゴロー:シューベルトは31歳で亡くなったんですけど、もうその頃には大作曲家の風貌で楽曲にも晩年のような風格があってびっくりしたんですよね。シューベルトの曲はどれも面白いし深みがありますので、普段クラシックとかを聴かない人には、ぜひ聴いてほしい作曲家ですね。

山本:ゴローさんファンはきっとクラシックの分野にも興味を持っていると思います。ゴローさんが選曲と監修をした2枚のクラシックのコンピレーションCAFÉ CLASSICS “MUSICA BOTANICA” 『TROPISM』『LUMINESCENCE』もぜひ聴いていただきたいですね。では、私の3枚目はこちら。さきほどジャキスのお話も出てきたということで、彼がオマール・ソーサとパオロ・フレスを共演した『Alma』です。

ゴロー:パオロ・フレスはラルフ・タウナーとECMにデュオ作を録音していますね。

山本:『Chiaroscuro』ですよね、あれも素晴らしいですね。この『Alma』はキューバ、イタリア、ブラジル出身の三人の音楽家が集まって、一つの音を出しているところに惹かれますよね。もう、国とかジャンルとか関係ないただ美しい音楽だと思います。ではゴローさん、4枚目をお願いします。


Valery Afanassiev
『Moments Musicaux』


Moments Musicaux 小説『海辺のカフカ』でも登場するピアノ・ソナタ第17番と、『楽興の時』をカップリング。きわめてゆっくりなテンポや長い間のとりかた、独特の音の響かせ方や解釈でファンからは「鬼才」と呼ばれることもあるアファナシエフが、彼にとって最重要作曲家のひとりであるシューベルト作品を久々に録音しました。『楽興の時』は2010年来日時のライヴ録音が他社からリリースされていますが、こちらはそれに先立つイタリアでのスタジオ録音。ピアノ・ソナタ第17番はおそらく彼にとって初録音となる作品です。ECMへの録音も1985年のロッケンハウス音楽祭ライヴ以来。アファナシエフがシューベルトと共にECMへ戻ってきました。


Paolo Fresu & Omar Sosa
『Alma』


Alma オマール・ソーサ(p)とパオロ・フレス(tp&flugelhorn)、そしてジャキス・モレレンバウム(cello)による躍動感溢れる音の対話。ECM作品をも彷彿させる美しいアートアークも秀逸です。『アルマ』とはスペイン語で「魂」の意味。まさに、お互いの「魂」を忍び寄せながら演奏世界を構築していくような、演奏の「妙」を確かに感じさせる魅惑的な作品。エフェクトされた鋭いトランペットも飛び出す共演のパオロ・フレスは、ジェリー・マリガン、デイヴ・ホランド、ジョン・ゾーン、ラルフ・タウナーと演奏して来た実力派のイタリア人演奏家。本作ではフリューゲルホーンももち出し、テクニカル且つリリカルな演奏を披露している。





ゴロー:ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のパオロ・パンドルフォの『Travel Notes』です。僕はこの人の詳しいプロフィールとか全然知らないのですが、タイトルの通り、きっと色々な国をまわって、その場でセッションしているのかなと、音楽を聴いているだけでイマジネーションが膨らむというか、こういう録音に憧れるんですよね。“どこかの国で録音”するというのは、『GLASHAUS』からの暗黙のテーマで、だからこれはブラジルという場所を選び、いうなれば『POSTLUDIUM』は東京を選んだということですね。不思議なことに、その場所に楽器を持って行って演奏すると、その場所の音になるんですよね。

山本:ヴィオラ・ダ・ガンバってどんな楽器なのですか?

ゴロー:ルックスはチェロのようで弦が6本あります。でもこの楽器はヴィオール属という部類に含まれているから、ヴァイオリンやチェロとは違う血筋なんです。ガンバとはイタリア語で脚という意味だから、足に挟むヴィオラといえば分かりやすいかな。ギターがヴィオール属だから、ヴィオラ・ダ・ガンバとギターは親戚なんですよ。

山本:えっ、これギターの仲間なんですか?

ゴロー:ただヴィオラ・ダ・ガンバの役目はチェロに奪われていったから、衰退していって古楽器としての道を進んでいったのですかね。でもギターと同じルーツを持つと知ってから親近感がわきました。僕もいつか弾いてみたい楽器ですね。

山本:では私が選んだ4枚目は、ブラジル出身のギタリストのホベルト・タウフィッキと、ピアニストのエドゥアルド・タウフィッキの兄弟デュオの作品です。プロデュースはアンドレ・メマーリです。ピアノとギターのデュオはやはり難しいですか?

ゴロー:はい、難しいですね。 ピアノとギターのデュオは世界中で演奏されているけど、たぶんブラジル人が一番すごいと思いますよ。それはピアニストがギターについて知っているから、ギターが良く鳴る弾き方、2人で良いハーモニーになる音を演奏をするんですよ。ジャズを弾く場合だとピアノとギターがいるとハーモニー面で落ち着かないから、片方が弾いている時はもう一方は休みますよね。テンションが自由な音楽なだけに、お互いのセンスが合わないとサウンドが濁ります。やはりブラジルのように「ギターを弾くピアニスト」がいる国でないとサウンドは成立しないのかもしれません。ピアニストはギターにふさわしいハーモニーで弾きますからね。演奏技術だけでなく、ハーモニー感覚が絶対に必要です。ブラジル人はサッカーがすごく上手いけど、それと同じくらい演奏も上手いです。そのレベルの差は『GLASHAUS』でメマーリと録音した時にも、naomi & goroでブラジルレコーディングした時にもすごく感じました。

山本:ジョビンが書いた曲を、ジョアンが演奏するのは、それを物語っていますね。

ゴロー:たとえばロ長調のBというキー、トランペットや管楽器の演奏家は嫌がるんですよ。でもこのキーはギターの面白い響きがでるから、ブラジルのミュージシャンは慣れています。「三月の水」とかはこのキーなんですよね。つまりこれはどういう事かというと、ギターの演奏をベースにしてピアノで作曲された曲だと考えられます。


Paolo Pandolfo
『Travel Notes』


Travel Notes ローマ出身のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。初めコントラバスを学ぶ。1979年頃から、エンリコ・ガッティ(ヴァイオリン)、リナルド・アレッサンドリーニ(ハープシコード)らと、ルネサンス・バロック音楽の演奏の研究を始め、スイスのバーゼル・スコラ・カントルムで、名手ジョルディ・サヴァルに師事する。これは彼がヴィオラ・ダ・ガンバで旅をするテーマにした実験的な一枚で、ECMを彷彿させる民族的アプローチが興味深い。



Roberto Taufic & Eduardo Taufic
『Bate Rebate』


Bate Rebate 水の雫のようなピアノの音色と、澄んだ風のように揺らめくギターの響きが重なり合う、幾多の奇跡的な瞬間を封じ込めた1枚。ホベルト/エドゥアルドのペンによる楽曲を全編にわたって収め、現代ブラジル音楽を代表する才人、アンドレ・メマーリがプロデュースを務めた本作。ブラジル音楽に留まらず、ジャズ、クラシック、ポピュラーなどが融け合った表情豊かな楽曲、実の兄弟ならではのまるで楽器で会話をするような響きや空気感、ナチュラルな質感がそのまま収められた高品質な録音まで、深く聴きごたえのある作品です。





山本:ではゴローさん最後のセレクトをお願いします。

ゴロー:じゃあ最後はやっぱりこれですかね。新作の『POSTLUDIUM』のタイトルの由来というか、そもそもポストリューディウムとは元々昔からある宗教的な音楽形式のことで、前奏曲、間奏曲とあって、後奏曲がそれにあたります。それをウクライナの作曲家のヴァレンティン・シルヴェストロフが単体でECMの『Leggiero,Pesante』に録音していて、そこではピアノとソプラノ、ヴァイオリンとチェロ、ピアノとチェロというように3つのパートに分かれています。特にこの3番が気に入っていて、強く影響を受けました。

山本:では私の最後の一枚は、すこし変化球でゴールドムンドの『All Will Prosper』です。これはアメリカの南北戦争の時代を背景にした古い曲ばかりをあつめたカヴァー集です。これらの曲はポピュラーではありませんがどれもメロディーがきれいです。ゴローさんはボサノヴァのスタンダードをカヴァーしていますが、いわゆるポピュラーなスタンダードとか演奏したりしますか?コール・ポーターとか、ガーシュインとか・・・。個人的にはゴローさんのプレイズ・スタンダードも聴いてみたいなと。

ゴロー:ポップスのスタンダードは子どもの頃から聴いてからもちろん好きですよ。たまに「Moon River」を演奏したりしますけど、そうですね・・・本当はアルバムの中でもこういったスタンダードをカヴァーしたいんですけど、なかなかそういう機会が今までありませんでしたね。でもいわゆるスタンダードと呼ばれる曲って、メロディーの強さがあるから、それはさっき言ったように、演奏する人によってどうにでもなってしまいます。そういう意味では怖い存在でもありますよね。


Valentin Silvestrov
『Leggiero, Pesante』


Leggiero, Pesante ロザムンデ弦楽四重奏団その他の演奏による、ウクライナ出身の作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフ Valentin Silvestrov の室内楽曲集。グラミー賞にノミネート。荘厳かつ静寂の雰囲気、そして宗教的な味わいはECMの中でも屈指のクオリティーのもと表現されている。伊藤ゴロー氏の『POSTLUDIUM』のインスピレーションのひとつにもなったという、その奥深い音楽の理論にも注目したい。





Goldmund
『All Will Prosper』


All Will Prosper Helios名義でも活動するKeith KeniffによるGoldmund名義での4枚目のアルバム。今作は米国の南北戦争時代の楽曲14曲と、1990年のテレビシリーズ”Civil War”のテーマ曲として使われていた”Ashokan Farewell”をカバーした作品。 Keithがいつも研究している南北戦争(1861~1865)の背景からインスピレーションを受け、その時代に作られた楽曲を彼のアレンジで鮮明に蘇らせています。その作業はマサチューセッツにある様々な家の中で5年という年月をかけてレコーディングされ、より音と聴き手の親密性を高める為にKeithが編み出した独自のレコーディング方法を施しています。それはいままでの作品でもみられたペダルを踏む音や、アコースティック・ギターの弦がこすれる音などがより耳の奥に届くような音に仕上がっています。





山本:ゴローさん、セレクトありがとうございました。それでは新作『POSTLUDIUM』についていくつか質問します。まず今回の制作の経緯を教えてください。

ゴロー:昨年『GLASHAUS』を発表した時点で、SPIRAL RECORDSの山上さんとは次回も一緒にやりたいですねと話していました。せっかくならあまり期間を空けずに、定期的に作っていきたいという思いもありました。それで録音する場所を色々と考えて、もう一回ブラジルに行くか、ヨーロッパに行くか、もっと寒い国の方もいいかなとか、それでスケジュールとか調整していく中で、じゃあ今回は東京を選ぼうという流れになりました。

山本:SPIRAL RECORDSから2作目ということで、リスナーにとっては『POSTLUDIUM』は続編というかセカンド・アルバムのような位置づけとして聴くと思いますが。

ゴロー:そうですね、僕もセカンド・アルバムの気分で制作しました。もちろん『GLASHAUS』の以前にも、伊藤ゴロー名義の『Cloud Happiness』というソロ作品がありましたが、あれはだいぶ趣が違う内容ですからね。山上さんとは制作をはじめる上でミーティングを重ねて、次回作は前作の流れを引き継ぎつつも、少し違う見え方が出来ればいいなとか、あとは前作よりも動きのあるサウンドをイメージしましたね。だからインプロヴィゼーションの曲を入れることも念頭において制作をはじめました。

山本:前作以上にアルバムには緊張感が走っていると感じました。

ゴロー:ただ静かと感じる音楽ではなくて、攻撃的というか挑発的な静かな音楽を常に目指しています。それがもしかして聴く人によってリラックスをもたらす音楽になっているのかもしれません。

山本:アルバムの参加されたミュージシャンについて教えてください。

ゴロー:まずチェロは大好きだから絶対に入れたいなと。だから韓国でnaomi & goroのライヴをする際にお願いしているチェ・ジュン・ウックさんという女性のチェリストにお願いをしました。SOIL&"PIMP"SESSIONSのベーシストの秋田君は、naomi & goroが菊地成孔さんと作った『Calendula』や、スタイル・カウンシルのカヴァー・アルバム『Cafe Bleu Solid Bond』、あと『ゲッツ / ジルベルト+50』というトリビュート作品にも参加してもらっていました。丈青君は意外にもはじめての共演なんですよね。彼はいろんなタッチを持つピアニストですが、攻撃的な部分も持っているので、今回は僕の音楽にいい緊張感を与えてくれたと思います。それからメインのピアニストの澤渡君とは、作曲の段階から細かい箇所を何度も打ち合わせをしながら詰めていくことができました。これは今回の大きな収穫でした。

山本:レコーディングの雰囲気はいかがでしたか?

ゴロー:和やかでしたよ。にこやかにしながら演奏家には細かい指示を出したりして(笑)。

山本:ゴローさんは完ぺき主義者のイメージがありますよね。インプロの曲はどのように録ったのですか?

ゴロー:インプロは、ギター、ピアノ(澤渡君)、チェロ(チェさん)、バスクラリネット(好田君)の4人で一斉にさぐり合いながら演奏して録りました。その音源を分割して、それぞれ番号を付けてアルバムの中にちりばめました。

山本:アルバムの全11曲の中でゴローさんの一押し曲はどれですか?

ゴロー:う〜ん、難しいけど「The Isle」かな。これは青森県立美術館の企画展『Art and Air ~空と飛行機をめぐる、芸術と科学の物語』のために書き下ろした曲なんですよね。それを新たにレコーディングし直しました。

山本:最後の曲の「Thyra」はどのような意味なのですか?

ゴロー:“テューラ”は人の名前ですね(笑)。

山本:3曲目の「Luminescence―Dedicated to H.H.」の“H.H.”は誰のことですか?

ゴロー:これは原博さんという作曲家です。たしか僕が高校生の頃、NHK-FMの「現代の音楽」という番組の中ではじめて聴いて、それからずっとその曲のことが忘れられなくて。エアチェックしていないから誰の曲かわからなかったんですね。だからずっと探していたんです。手がかりは日本人の作曲家であることと、ヴァイオリンの和波たかよし初演、尾高忠明指揮者のシャコンヌという形式の曲だったことでした。そうしたら最近になって、その番組の収録曲をアーカイブしている個人サイトを見つけて、そこで調べて「これだ」って、やっと原博さんに辿り着きました。

山本:ジャケットのデザインは『GLASHAUS』に引き続き詩人の平出隆さんですね。

ゴロー:事前に平出さんと打ち合わせをして、その時は『POSTLUDIUM』というタイトルは決まっていて、あとアルバムの見せ方をどのようにするか話しました。僕の中で、具体的なイメージがない方がいいと思い、タイポグラフィがいいということも伝えました。3曲目の「Luminescence」が“発光”という意味で、ちょうどこの曲について話しているとき、平出さんもデザインに光を織りこめるアイデアを持っていたみたいで、それがジャケットの紙の素材とかにも反映されました。文字が箔押になっているから角度によって色んな光り方をします。とても贅沢な仕上がりになりました。

山本:シンプルに文字が並ぶ方がインパクトありますよね。

ゴロー:タイトルの『POSTLUDIUM』も、他の曲のタイトルもそうなのですが、その言葉のもつ響きや印象は、僕にとってその言葉の意味と同じくらい重要なんですよね。いい響きの言葉はきっといい意味を持っているというはずだと。それは日本語で外国語でも言えることなんですけど。ぱっと見の美しさが表れたデザインだと思うので、ぜひジャケ買いしてほしいです(笑)。

山本:この録音のメンバーでライヴの予定はありますか?

ゴロー:まだ決まっていませんが、来年はこのメンバーに近い編成でツアーをやる予定です。

山本:では最後にリスナーへメッセージをお願いします。

ゴロー:ブラジル音楽でもジャズでもクラシックでもない、どういう音楽という説明が難しい音楽になってしまいましたが、リスナーの皆さんそれぞれが自由なスタイルで聴いて、あとタイトルやジャケットからも、色んな想像をしてもらえれば嬉しいですね。

山本:ゴローさん、本日はありがとうございました!



伊藤ゴロー GORO ITO
作曲家、ボサノヴァ・ギタリスト、プロデューサー。 布施尚美とのボサノヴァ・デュオ naomi & goro、ソロ・プロジェクト MOOSE HILL(ムース・ヒル) として活動する傍ら、映画やドラマ、CM音楽も手がけ、国内外でアルバムリリース、ライブを行う。commmonsよりリリースのPenguin Cafe Orchestra 『tribute』『best』、原田知世直近の2作『music & me』『eyja』、ボサノヴァの名盤『GETZ/GILBERTO』誕生から50年を記念したトリビュート盤『ゲッツ/ジルベルト+50(Verve/UNIVERSAL)』などのアルバムプロデュースも行なう。2011年より原田知世と歌と朗読の会「on-doc.(オンドク)」で全国ツアーを、2012年より詩人の平出隆とTone Poetryも開始。





クワイエット・コーナー Vol.11 〜ECM特集〜 
時とジャンルを超えて心の琴線に響く名曲たち。HMVがお贈りする新たなる音楽との出会い。特集はECM。伊藤ゴロー氏の寄稿文も掲載中。