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2013年8月14日 (水)
連載 許光俊の言いたい放題 第223回「夏はラテンかミニマルか」
まさしく殺人的に暑い夏である。熱帯以上というか、もう熱帯とか温帯とかいう区分が無意味ではなかろうか。
こんなときだが、繰り返し何度も聴いて飽きないアルバムがある。「ナージャ&NCCO 弦の新世紀」だ。NCCOとはニュー・センチュリー室内管弦楽団、ナージャが音楽監督を務める楽団だという。
ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」を聴いて驚いた。ピアソラは前世紀末あたりからこぞってクラシック演奏家が取り上げるようになった作曲家だが、正直言って、たくさん発売される録音のどれもこれも私には決定的に物足りなかった。クレーメルやらヨーヨー・マやら、確かに技巧的には達者かも知れないが、ピアソラの音楽のまぎれもない個性であるエロティシズムや退廃がまるで感じられなかったからだ。それで私は、ピアソラ作品はピアソラ自身による演奏でしか聴かなかったのである。
だが、このナージャの演奏は違う。ピアソラ自演にしかなかった妖気が漂っている。夜の匂いがする。ネットリした感触がある。人間たちが生々しいアンサンブルをしている感じがする。ひとことで言えば、きわめてラテン的な何かがあるのだ。そして、これこそがピアソラ演奏にはどうしても必要なのである。
最初に入っているアサドの「印象」という曲もなかなかおもしろい。ピアソラより軽めで、やはりラテンぽい音楽である。演奏が棒読みだったらもっとつまらないだろうが、表情豊かなので曲想が生きている。
意外にもバルトークはたっぷり民族音楽的。対してガーシュインは昔のアメリカ映画のようにこれでもかと甘ったるい。
何はともあれ、飽きずに1枚たっぷり楽しめるいいアルバムだ。案外ナージャは、普通のレパートリーよりこういうのがよいのかも。
これと全然傾向が異なるが、ラベック姉妹を中心としたミニマル作品集「ミニマリスト・ドリーム・ハウス」も楽しいセットである。私はいわゆる現代音楽にはほとんど興味をそそられないのだが、なぜかミニマルはそう嫌いではなく、時々妙に聴きたくなるときがある。その代表がフィリップ・グラスあたりなわけだ。
ミニマルなどというと日本ではまだまだマニアっぽい印象を受けるかも知れないが、実はもうフランスあたりでは、別にどうということもなく普通に聴かれている音楽である。何年か前、リヨンでグラスのオペラを見に行ったら、普通に老若男女で満員になっているのを見て衝撃を受けた。もしやこの人々はモーツァルトかプッチーニあたりと勘違いしてこの会場に来ているのではないかといぶかったほどだが、決してそういうわけではなかった。何せ売り切れだったのを、劇場関係者のおかげで入場できたほどだ。特に老人たちが多く来場していたのが意外だった。日本の某オケ定期会員とはだいぶ好みが違うらしい。
このセットの最初に入っているグラスの曲、「2台のピアノのための4つの楽章」も、実はかつてラベックがフランスのある地方都市で弾いたのを聴いたことがある。これまた会場はほとんど満員だった。そして、人々は拍手喝采。とりわけ第3曲に熱狂していた。確かに聴きやすい曲だけれど、人々が、しかも一般的には保守的とされる地方の人々が歓喜の声をあげているのを見て、これまた驚いた。
もっとも、確信犯なのかどうか、ラベックはこの曲をまるでベートーヴェンみたいに弾いているのである。まったく恐ろしいことに、「悲愴」「熱情」あたりが好きな人にはまったく違和感なく聴けるのではないか。「これ、ベートーヴェンだよ」と言ったら、初心者はだまされるのではないか。抑揚や和音、強弱、アクセントの決め方とか、あ、これまさにバックハウスのベートーヴェンじゃんという瞬間が多々ある。というか、そういう瞬間だらけ(あるいはマニアックになるが、アルカン)。ラベックはきっと若いときにこういうオーソドックスな弾き方をたたき込まれたに違いない。逆に、ベートーヴェンはミニマル的だったとも言える。
ペルトの曲も何だかベートーヴェンの後期作品のように聞こえる。これ以外にも、曲によってはドビュッシー風だったり、要するに伝統的な感覚でミニマルを演奏してしまうのがラベックなのかもしれない。演奏だけでなく曲のほうも場合によってはそのへんで流れていそうなBGM調だったり、ともかくも多くの人にとって聴きやすい音楽が集められている。あ、そういえば、20年以上前、私がシンセサイザーでやってみた作曲もどきも、今思えばミニマルでした。
ラベック姉妹なんて昔美人で売り出したキワモノだろうと馬鹿にしちゃいけません。特にフランス音楽は絶品だ。私はプーランクの協奏曲や「マ・メール・ロワ」の超絶的に美しい演奏も聴いたことがある。新しい演奏家を発見するのもいいが、こういう人たちにちゃんとした仕事をしてもらわないと。ちなみにこのおふたり、もう還暦です。それが信じられない舞台姿の若々しさ。いまだにまるで女学生みたいな雰囲気なのだ。これはこれで一種のバケモノ的演奏家なのかもしれない。
要するに、集中力が途切れがちな酷暑に聴くなら、瞬間沸騰・気分変転型のラテンか、何となくリラックスして拡散型のミニマルか、そういうことになるか。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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『トゥギャザー〜弦の新世紀』 サレルノ=ソネンバーグ、ニュー・センチュリー室内管弦楽団
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