「正月はサッパリスッキリ」
2013年1月15日 (火)
連載 許光俊の言いたい放題 第214回「正月はサッパリスッキリ」
カルロス・クライバーはいまだ神格化が続いている指揮者である。私もかつて彼の演奏に夢中になったひとりであるが、カルロス自身は常に父である名指揮者エーリッヒの影響を免れなかった。
その父の名演奏がいい音でCDとなった。ウィーン・フィルを指揮した「英雄」だ。1955年、ステレオ時代に入る直前のモノラル末期の録音で、音質はきわめて明快である。正直言って、私は古い録音は苦手で、自分から聴く気は全然起きないのだが、これなら聴ける。
とにかくその颯爽とした清潔感ある音楽の姿は、同時代のフルトヴェングラーやワルターとは正反対だ。オーケストラとはおもしろいもの、あのウィーン・フィルが、エーリッヒの下だとまるで違った様子になる。何しろフルトヴェングラーとの一連の録音のほとんど直後といってよい時期に、こんなにも今風にぱりっとした演奏をしていたのだから。折り目正しい、毅然とした美しさが好ましい。正月に聴くには最適だ。
なるほどこれでもわかるようにエーリッヒはすぐれた指揮者だった。世の中には、カルロスはエーリッヒのまねをしているだけだ、エーリッヒのほうが偉いという極端な意見を言う人もいる。だが、それはあまりに単純な話である。音楽をちょっと煽るときの勢いの付け方や強音のニュアンスの付け方など、似ている部分もある。が、同じように活発な音楽をやっても、感覚の違いは歴然としてあるのである。
そのエーリッヒと対照的にトロトロ甘い音楽を奏でたワルターのほうでは、シューベルトの交響曲第5番が実に耽美的でよい。改めて聴いてみて、その完熟の味わいにうなった。オーケストラはアメリカのコロンビア交響楽団なのだが、きわめてゆっくり奏される冒頭部分からしてあまりに優雅なのだ。そこだけでなく、あちこちでまさに古きよきヨーロッパの・・・と言いたくなるような風情ある音楽が聞こえてくる。
「英雄」といえば、ヨッフムがコンセルトヘボウを指揮した1枚が想像以上に楽しく聴けた。
最初に入っているのはウェーバーの「オベロン」序曲(1980年)。これが実に美しいのだ。ドイツに比べれば明るめの、しかしほれぼれするようなホルン、弦楽器の漂うような響きで開始される。そのあとの密度がつまった重厚なリズムや楽器の重なり合い。緊張の高め方。近頃も人気が高いコンセルトヘボウ管だが、いやはや、この時代のほうがよほどよかったのではないかと思った。
「英雄」(1977年)は晩年の演奏らしくゆっくりと開始される。ヨッフムは特に古風な演奏をする人だったから、22年前のエーリッヒ・クライバーと比べると、こちらのほうがよほど昔の演奏に聞こえる。
フィナーレの最後、まるでアーノンクールかという金管楽器の吹き放題や間の取り方にはあっけに取られた。この箇所に限ったことではないが、「英雄」は細部にのめり込むほど滑稽さが出てくる曲ではないか。この演奏で聴くと、あのベートーヴェン最悪の駄作と思われる「ウェリントンの勝利」と「英雄」は、案外近いところにあるのかもしれないという気がしてくるのが発見だった。 (きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
評論家エッセイ情報
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。
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輸入盤
交響曲第3番『英雄』 E.クライバー&ウィーン・フィル(1955)(平林直哉復刻)
ベートーヴェン(1770-1827)
価格(税込) :
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輸入盤
交響曲第8番『未完成』、第5番 ワルター&ニューヨーク・フィル、コロンビア響(1958、60)(平林直哉復刻)
シューベルト(1797-1828)
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-
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交響曲第3番『英雄』 ヨッフム&コンセルトヘボウ管弦楽団(1977)
ベートーヴェン(1770-1827)
価格(税込) :
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¥1,447
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