【特集】 情熱のペトルチアーニ

2012年11月28日 (水)


情熱のピアニズム

凄まじい障害を抱えながらも、音楽と女たちから愛されたミシェル・ペトルチアーニ。
天才ジャズピアニストの短くも劇的な生に迫る、奇蹟のドキュメンタリー!

 フランスを代表するジャズ・ピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニの生誕50周年を迎える今年、その激動の人生と至福の音楽にスポットを当てた奇蹟のドキュメンタリー映画「情熱のピアニズム」の日本公開が10月に決定!

 先天性の骨形成不全症を抱えながらも生を謳歌することに貪欲だったミシェル・ペトルチアーニ。酒を愛し、旅を愛し、そして女たちから愛された彼が生み出す音は繊細で深く、人生が持つ歓びとユーモアに溢れていた。 ”ピアノの化身”と言われた彼に神が与えたものと与えなかったものとは何だったのか?

 監督は、『イル・ポスティーノ』('94)でアカデミー賞®作品賞、監督賞ほか5部門にノミネートされ、世界各国の映画賞を席巻したマイケル・ラドフォード、ドキュメンタリー本編にはペトルチアーニはもちろん、アルド・ロマーノ、チャールス・ロイド、リー・コニッツなど、ジャズ・フリークなら誰もが知るミュージシャンたちがそれぞれの思いで“ペト”を語ったジャズ・ドキュメンタリー作品。


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ストーリー

 ミシェル・ペトルチアーニの数奇な人生は、全身の骨が折れた状態で生まれた時から始まる。
ガラスのような骨を持つ病気のため幼少時は歩くことも出来ず、身長は成人してからも1メートルしかなかった。代わりに天は彼に2つの素晴らしい贈り物を与えた。桁外れの音楽的才能と、誰にでも愛されるカリスマ的人格である。ヨーロッパで初めて名門ブルーノート・レコードと契約、フランス最高のピアニストと讃えられた栄光の日々から、常に女性問題に悩まされたプライベート、名だたるミュージシャンと世界中を飛び回った演奏旅行など、36歳で夭折するまで時代の寵児が駆け抜けた劇的な生を描く奇跡のドキュメンタリー!

CAST&STAFF

監督:マイケル・ラドフォード (『イル・ポスティーノ』『ヴェニスの商人』)
編集:イヴ・デシャン
撮影:ソフィー・マンティニュー
録音:オリヴィエ・ル・ヴァコン

出演:ミシェル・ペトルチアーニ、チャールス・ロイド、アルド・ロマーノ、リー・コニッツ 他



「情熱のピアニズム」に寄せて



ミシェル・ペトルチアーニ。

この映画を見るまで、彼のことを聖人君子のような音楽家だと勝手に思い込んでいた。でも実際は、寂しがり屋で、男で、不良で、最高のジャズメンだったんだ。

自分の人生が短距離走であることを義務付けられ、まさに短距離ランナーのようなスピードで人生を駆け抜けた彼の目には、同じこの世界でも違った風景のように見えていたのかもしれない。

全てに敏感で貪欲なのにシニカル。

ただ美しいだけじゃない・・・満たされない何かをミシェルの音楽が満たしてくれる・・・その理由が、少しだけわかったような気がする。


口笛太郎 (口笛奏者)




「君たち健常者だって障害者と言えるのではないかな。誰でも心に悩みや不安を抱えてるから。」

「僕は普通の人にはなれない。特別な人になりたいんだ。」

『情熱のピアニズム』は音楽的観点を超えて、ペトルチアーニの言葉や行動から「学ぶ」ことができる映画だと思います。
この映画の中で彼が発するそれらの言動、表情をじっくり見て聞いて感じて欲しい。

また、彼の妻となった女性たちも皆素敵です。
やはり女性は強いと思いましたね。


富田雅之 (ローソンHMVエンタテイメント)




そしてなぜこんなにも
MPは女たちを夢中にさせるのか、考えてみた。

誰かが唱えた
「ジャズとは、ゴロツキがスケをコマすための音楽だ」
という言葉がふと頭をよぎる。

この金言にMPは図らずして誠実だったのかもしれない。
実際彼のヒトゲノムがそうさせたのか否か。

美辞麗句を並べたてるだけのジャズピアニストなら
世界にはゴマンといるわけで。
そもそも、そんなもったいぶった連中を信用してはいけない。

雄しべと雌しべが人前での受粉も憚らない、
辛抱利かぬ発奮の調べ。求め合うならこれだ。
好色めいて情交ありき絶倫でこそのジャズ。
ああまさしく、MPのピアニズムに溢れまくる、
ドぎついフェロモンのような。

女たちが疼く。
「やっぱそこがたまんない」


小浜文晶 (ローソンHMVエンタテイメント)




 監督:
 マイケル・ラドフォード/Michael Radford

マイケル・ラドフォード 1946年2月24日、インド/デリー生まれ。オックスフォードで学んだ後に教師になるが、数年後にナショナル・フィルム・スクールに入学。1976年から1982年までBBCで多数のドキュメンタリー・フィルムを制作。1983年にはじめての長編映画を監督し、1994年『イル・ポスティーノ』でアカデミー賞®作品賞、監督賞を含む5部門にノミネート、最優秀作曲賞を受賞したのを始め、世界各国の映画賞を受賞、高い評価を得た。


[フィルモグラフィー]
La mula (2012)
情熱のピアニズム (2011)
Flawless (2006)
ヴェニスの商人 (2004)
ブルー・イグアナの夜 (2000)
Bモンキー (1998)
イル・ポスティーノ (1994)
白い炎の女 (1987)
1984 (1984)
Another Time, Another place (1983)


ミシェル・ペトルチアーニ バイオグラフィ

1962年12月28日、南フランスのオランジェに生まれる。一家は、モダンジャズに傾倒するセミプロのミュージシャンだった。ウェス・モンゴメリー、マイルス・デイヴィス、ジャンゴ・ラインハルト、アート・テイタムの音楽に浸りながら成長する。3歳までに彼らの曲のほとんどを歌うことができたという。だが運命は彼に大きな試練を課した。ガラスのような骨の病気、骨形成不全症という遺伝的障害をもって生まれたのである。それは些細な圧力によって骨が砕けることを意味し、事実彼は身体中のすべての骨が骨折した状態で生まれた。身長は1メートル余りしかなく、生涯を通じて恐ろしい痛みに支配されたが、彼には2つの天性の贈り物が与えられていた。それは、音楽に対する桁外れの、稀有な天才的才能と、誰をも魅了するカリスマ的人格であり、彼は生涯を通じて女性から愛された。その障害によって彼が何かを諦めたことは一度もなく、40歳まで生きる可能性がないだろうことを知っていたにも関わらず、できる限りのことを学ぼうと決心したのである。彼には不平を口にする時間がなかった。「何が不満なんだ?」と彼はいつも言っていた。「僕を見て! 僕は大丈夫だ! 僕は楽しんでいる!」 そして彼は本当にそう生きた。


ミシェル・ペトルチアーニ

4歳のとき、TVでデューク・エリントンを見てすぐにピアノをねだった。両親はおもちゃのピアノを買い与えたが、彼はそれを金づちで壊し、自分が欲しいのは本物のピアノであることを両親に訴えた。7歳までに神童であることが判明。そののちクラシック音楽の学校に入ったが、家族同様、彼にとっての初恋はジャズであり、13歳までに並外れた即興演奏家になっていた。

最初のブレイクは、地元のジャズフェスティバルで訪れた。そこで彼はアメリカ人トランペッター、クラーク・テリーと演奏することになっていたが、テリーは彼を一目見て、この奇妙で小さな生き物がブルースを演奏できるとは信じなかった。そこでミシェルはいくつかの即興演奏を行い、テリーは驚愕した。のちに幾人かの人々が、「13歳で彼は、メキシコかどこかのピアノバーに迷い込んだ、人生に疲れた黒人のように演奏した…」と語っている。

その3年後、ドラマーのアルド・ロマーノと出会い、ふたりは即座に親友となる。当時ペトルチアーニは歩くことができなかったため、アルドは彼をどこへでも担いでいった。アルドは、OWLレコードのジャン=ジャック・ピュシオに会わせるため、彼をパリに連れていった。1981年から85年の間に、ミシェル・ペトルチアーニはリー・コニッツとともに演奏した名盤「Toot Sweet」を含む、5枚のアルバムをレコーディングした。それまで彼は南フランス周辺の地元のジャズフェスティバルで演奏していたが、1981年、パリ・ジャズフェスティバルにおいて市立劇場テアトル・ド・ラ・ヴィルで演奏し、瞬く間にセンセーションを巻き起こした。新しいスターが生まれたのである。

だがフランスは彼にとって狭すぎた。彼はアメリカに行く夢を抱いた。18歳になって間もなく、彼はウェストコーストに飛び、美しい海岸線ビッグ・サーへと向かった。そこでは友人であるヒッピースタイルのアメリカ人ドラマー、トックス・ドロハートがチャールス・ロイドの地所で仕事をしていた。ペトルチアーニは友人に彼を担いでくれるよう説得した。(事実25歳になるまで彼は松葉杖で歩くことを習得せず、特に女性に担がれることを好んだ)チャールス・ロイドはキース・ジャレットを発掘したウェストコーストの伝説的サックスプレイヤーだが、神秘主義を学ぶためにジャズをやめていた。だが、奇跡をおこなうために衰弱した身体で海を横断したヒンズー教の聖人の話を読んでいたロイドは、ミシェルの演奏を聴き、15年間で初めてサックスを手に取り、ふたりはいっしょにツアーを始めたのである。これによりミシェルは大々的にジャズ界に紹介されることとなり、ロイドと彼は世界をツアーして回り、熱狂的反響を巻き起こした。

ビッグ・サーで5年間を過ごしたミシェルだったが、そののちニューヨーク行を切望。時代は1980年代で、ニューヨークは“ジャズの天国”だった。そこで彼は、ヴィレッジ・ヴァンガード、ブラッドレイズといったジャズクラブにおいて、偉大な演奏家たちとともに演奏した。アメリカ人以外で初めてブルーノート・レコードと契約し、ロイ・ヘインズ、ジム・ホール、ジョン・アバークロンビー、ウェイン・ショーター、ジョー・ヘンダーソン、ジョー・ロヴァーノ、ディジー・ガレスピーといった伝説のジャズミュージシャンたちと演奏し、レコーディングした。

だが、ニューヨークでの過度な生活に疲れ、健康状態が悪化した彼はフランスに戻り、愛する人を見つけて息子を授かる。その息子に自分の病気が遺伝したことを知った彼は、精神的に打ちのめされるとともに、宿命を感じた。「これを受け入れなければ、自分自身を拒絶したことになる。どうしてそんなことができるだろう」 フランスへの帰国は、彼の人生における最高の音楽的時代と一致している。彼を国際的なスターにすることを決めたドレフュス・レコードと契約しただけでなく、彼の音楽自体が新しい極みへと到達した時期だった。すぐに著名なステファン・グラッペリ、エディ・ルイス、そしてトリオを組んだスティーヴ・ガッドとアンソニー・ジャクソンとともに数十万枚を売り上げるCDをいくつもレコーディングしただけでなく、ヨーロッパ中で何万人もの聴衆を前に演奏したのである。


ミシェル・ペトルチアーニ

だがその結婚生活が短命であったように、病が急速に彼を蝕んでいった。無理をしないようにと告げられた彼はこう答えている。「なあ、僕はチャーリー・パーカーより長生きしている。それって上出来じゃないか」 だが、パーカーとそれほどの差はなかった。1998年に220回のコンサートをこなすという過酷なスケジュールに疲弊して体調が悪化し、その冬、ニューヨークで肺炎になり、翌年の1月6日に亡くなった。36歳だった。

葬儀はパリでおこなわれ、何万人もの会葬者が出席した。彼の遺体は、この並外れた男への敬意を込めて、ペール・ラシェーズ墓地のフレデリック・ショパンの墓の隣に埋葬されている。ミシェル・ペトルチアーニが残した遺産と彼の天才的な才能を見事に表現するウェイン・ショーターの言葉がある。「大人に成長した、いわゆるノーマルと言われる多くの人々が闊歩している。彼らには何もかも揃っている。ちゃんとした大きさで生まれ、腕の長さも、色々なものが揃っている。あらゆる意味において彼らは釣り合いが取れている。だが彼らは、腕もなく、足もなく、脳もない人間のように人生を生きている。そして自分の人生を責めながら生きているのだ。私はミシェルが不満をもらすのを聞いたことがない。ミシェルは鏡を見なかったし、目に入ったものについても不満をもらしたりしなかった。ミシェルは偉大な、本当に偉大なミュージシャンだった。彼があれほど偉大であったのは、彼が人として素晴らしかったためだ。素晴らしい人間だった。それは彼が感じたことを人に伝える才能があったからだ。しかも彼は音楽を通じて人に伝えた。彼について語る他の言葉は形にすぎない。専門的な言葉も、私には何の意味ももたないのだ」。

ミシェル・ペトルチアーニの人生は、人間が人生を成就することを妨げるものは何もないのだということを、我々全員に見せつけている。それを彼はユーモアをもって楽しく、そして偉大なる音楽とともに成し遂げたのだ。






抽選で5組10名様に劇場鑑賞券をプレゼント!

HMV ONLINE/MOBILEでは、10月13日(土)より公開されるミシェル・ペトルチアーニ・ドキュメンタリー映画「情熱のピアニズム」の劇場鑑賞券を抽選で5組10名様にプレゼントいたします! なお鑑賞券は渋谷 【シアター】 イメージフォーラムのみのご利用となります。ご了承ください。

・ 応募期間 2012年9月20日(木) 〜 10月5日(金)

※ こちらの応募は締め切らさせていただきました。たくさんのご応募ありがとうございました。


対象商品をお買い上げの方の中から抽選で50名様に
「ペトちゃんステッカー4枚セット」をプレゼント!

HMV ONLINE/MOBILEでは、期間中ミシェル・ペトルチアーニのアルバム対象商品25タイトルのうちどれか1枚をお買い上げになった方の中から、抽選で50名様に「ペトちゃんステッカー4枚セット」をプレゼントいたします! なおHMV店舗でのご購入は対象外とさせていただきます。

※ こちらの応募は締め切らさせていただきました。たくさんのご応募ありがとうございました。







 こちらではペト氏への余りある”ビッグラブ”を公言して憚らない、日本のジャズ・ピアニストたちによる「ペトルチアーニの極私的フェイヴァリット・アルバム」をご紹介。

コメントは到着次第 順次ご紹介してまいります。おたのしみに!


第4弾 (10/16UP)

降神のMC 志人とのダブルネーム・プロジェクトも今夏始動したスガダイローさんからレコメンド&コメントが届きました。

第3弾 (9/27UP)

寺村容子さん、大橋祐子さん、寺島レコードの才媛ピアニストお二人からレコメンド&コメントが届きました。

第2弾 (9/25UP)

大のペトルチアーニ・ファンとしても知られる山中千尋さんからレコメンド&コメントが届きました。

第1弾 (9/20UP)

ニューアルバム『Soul Cookin'』が間もなく到着となるquasimodeのピアニスト 平戸祐介さん。

この秋アルバム『From Here To There』で晴れて全国デビューを果たす新人ジャズピアニスト、桑原あいさん。

そしてこちらも、SOIL&“PIMP”SESSIONSから派生した別働ピアノトリオ・プロジェクト J.A.M のニューアルバム『Jazz Acoustic Machine』 リリースを目前に控えた丈青さん。

お三方からレコメンド&コメントが届きました。


スガダイロー

特筆すべきはタッチの鋭さであるな
Piano Solo: Complete Concert In Germany 『Piano Solo: Complete Concert In Germany』

ピアノソロ。
美しい音色と鋭いタッチ。フランス人らしいスッキリとしたハーモニー。親しみの持てるメロディー。一曲一曲違うアプローチで行う即興演奏。確実なテクニック。聞かせるMC、大変勉強になりました。
一曲目、COLORSがとにかく美しい。
大体俺は即断即決をモットーにしているので、もう最初の数十秒でこの人が凄い事が決定してしまった。
とにかくやはり特筆すべきはタッチの鋭さであるな。


スガダイロー





Soul Cookin' 志人 / スガダイロー 『詩種』
人間技とは思えない超高速リリックで聴く者を一瞬にして物語へと惹き込むMC、志人(降神/Triune Gods)。グランドピアノを揺り動かし、圧倒的な技巧と迫力で一音ごとに破壊と構築を繰り返す21世紀唯一のフリージャズ・ピアニスト、スガダイロー。ヒップホップとジャズそれぞれのフィールドで異彩を放ち続ける二つの才能が出会い、生み出す新たな世界。


寺村容子

「ミシェル・ペトルチアーニ」というジャンル
Music 『Music』

音楽は楽しい。ジャンルなんておいておいて、音楽ってわくわくする。私がそんな風に出会った、初めてのアルバムとして大切にしている。「好きなピアニストは?」と聞かれるとこの人の名を言って来たのは、流れるような音の運びでもあるし、しっかりしていてキラキラした音でもあるし、「ミシェル・ペトルチアーニ」というジャンルを持つ、憧れの人だったから。雰囲気が違うのに、どれもミシェルらしさが散らばっている曲がいっぱい。広くて大きな彼の音楽。いろんな波がやってくる。


寺村容子





TERAMURA YOKO MOODS 寺村容子 『TERAMURA YOKO MOODS』
松尾明トリオ、MAYAでの長い活動を経て、寺島サウンドの要、美旋律の立役者・寺村容子の初リーダー作。「曲は哀愁、演奏はガッツ」の寺島サウンドをストレートに表現。2曲のオリジナルに加え、スタンダード、ラテン、さらにはロッド・スチュワート、スティングなどのポップス名曲を交えた見事な選曲バランス。

大橋祐子

「It's A Dance」、これだ! と思いました
Michel Plays Petrucciani 『Michel Plays Petrucciani』

Jazz Pianoを始めた頃、右も左もわからず聴き漁っていた時代に出逢った一枚。ノリの良い1曲目「She Did It Again」、哀愁漂うラストの「Brazilian Suite」も素晴らしいですが、7曲目の「It's A Dance」に心奪われました。叙情的なソロピアノで幕を開け、ギターと寄り添うように奏でられるテーマ、一転畳みかけるようなソロの展開・・・グッと来ます。これだ! と思いました。ペトルチアーニのロマンチックでありながら生命力溢れる力強さに惹かれます。大好きです!


大橋祐子





Soul Cookin' 大橋祐子 『Buenos Aires 1952』
『Prelude To A Kiss』に続く大橋祐子のリーダー作第2弾。3曲のオリジナルほか、松尾明トリオでも演奏された「Take Me in Your Arms」、エルンスト・グレールムの「Fly Over」などを収録。またラストを「慕情」で締めるあたり、プロデューサー 寺島靖国氏のセンスを感じずにはいられない。女性らしい柔らかな一枚。


山中千尋

ジャズが「一期一会の音楽」であることを
Power Of Three 『Power Of Three』

一見まったくベクトルのちがうアーティストが集まって紡いだ、伸びやかで温かい旋律がぎゅっと詰まったライヴ・アルバム。まさにジャズが「一期一会の音楽」であることを実感していただけること、間違いありません! マイルスのアルバム『Nefertiti』でも録音された「Limbo」も、この3人のマジックで、新しく生まれ変わりました。とにかく切ない「Morning Blues」など、ウエイン・ショーターのメロディーメーカーとしての底力を引き出したのは、ペトルチアーニの存在があればこそ。ジム・ホールの自在なコードワークと三人三様の彩を楽しんでください!

山中千尋





ビコーズ 山中千尋 『ビコーズ』
日本を代表する世界的ジャズ・ピアニスト=山中千尋が代名詞とも言えるピアノトリオ編成で取り組むビートルズ・トリビュート。「作・編曲で最も影響を受けた」と本人が公言するビートルズにインスパイアされたというオリジナル3曲とビートルズの有名曲カヴァーを中心にした内容。

平戸祐介

崇高な世界観が全世界に発信された衝撃作
Pianism 『Pianism』

36歳という若さで激動の人生を駆け抜けたペトルチアー二。 85年にニューヨークへ渡り、名門ブルーノートレコードと専属契約という偉業を果たす。その栄誉あるBN1枚目『PIANISM』を取り上げたい。内容としては、ビル・エヴァンスに影響された部分が見受けられる。しかし、主張する部分はしっかり主張されていて、彼の崇高な世界観が全世界に発信された衝撃的な作品に。特にお馴染み、激熱マイナーボサノバ「REGINA」は、彼の作曲能力の高さ、そして高い演奏能力を高らかに証明した、アルバムのハイライトになっている。


平戸祐介 (quasimode)





Soul Cookin' quasimode 『Soul Cookin'』
クオシモードの通算6枚目となるオリジナル・アルバム。今回のキーワードは”ソウル・ミーツ・ジャズ”。CKB 横山剣をフィーチャーした先行シングル「Summer Madness」、アン・ヴォーグのR&Bクラシック「Give It Up Turn It Loose」のカヴァーなど、従来の彼らのスタイル”踊れるジャズ”をベースに新しい基軸となるエッセンスを取り入れた意欲作。


丈青

よりアコースティックな音が好きという人にぜひ
Trio in Tokyo 『Trio in Tokyo』

ペトルチアーニと言えば、ベースのマーカス・ミラーとのライブアルバムでのプレイが秀逸で大好きですが、今回は『Trio in Tokyo』をオススメします。「September Second」などオリジナル曲も素晴らしく、エレクトリック・ベースを加えたピアノ・トリオで、よりアコースティックな音が好きという人にもぜひ買って欲しいアルバムです。この演奏は東京ブルーノートでのライブなのですが、ここでは数々のアーティストが名演を残しています。良い演奏が生まれやすい場所なのでしょう。アップテンポからバラードまで、ペトルチアーニが気持ち良さそうに弾きまくっているライブ録音。家でライブ気分に浸って下さい。


丈青 (SOIL & ”PIMP” SESSIONS / J.A.M)




Jazz Acoustic Machine J.A.M 『Jazz Acoustic Machine』
SOIL&“PIMP”SESSIONSからスピンオフした、丈青(p)、秋田ゴールドマン(b)、みどりん(ds)による最新型ピアノトリオ、J.A.Mの約2年ぶりとなる最新作。ヒップホップ、ハウス、ロックなど様々なジャンルのフィルターを通過した「今」のジャズをトリオという最小限の編成で描き出す。「He Knows」には日野皓正がゲスト参加!

桑原あい

アンソニー・ジャクソンのベースも痺れます
Playground 『Playground』

ペトルチアー二先生(彼の音楽は私にとって「先生」なので勝手にこうお呼びしています)の曲は、楽観的でもどこか切なく、音のすみずみまで特有の意思のようなものがあると思います。演奏を実際に体験できなかったことが本当に悔しい、彼と同じ空気を吸ってみたかった! 先生のことをもっと知りたいです。私も精一杯自分と向き合い、音楽づくりをしていきます。『Playground』は、先生のアルバムの中でも「grayの部分」、つまり、揺らめきやうつろいの魅力を感じる部分が特に多く含まれていると感じます。それが素敵でとても好きです。アンソニー・ジャクソンのベースも痺れます。


桑原あい




From Here To There ai kuwabara trio project 『From Here To There』
弱冠20歳のジャズ・ピアニスト、桑原あい。ミシェル・ペトルチアーニ、エスビョルン・スベンソン、上原ひろみを彷彿とさせながらも、瑞々しい感性と確かなテクニックに裏づけされたアグレッシブで独創的な世界を表現。全て桑原書き下ろしによるオリジナル楽曲は、自由で情緒的、時にはアヴァンギャルドな、今までのジャズ・ピアノトリオの枠には収まらない楽曲が並ぶ。








OWL RECORDS ほか 初期の作品から (1980 - 1985)


ミシェル・ペトルチアーニ  こちらの写真、ペトルチアーニを抱きかかえるのはハルク・ホーガンでもなければ、勿論ローラン・ボックでもない。キャリア初期のペトルチアーニがOWL、Rivieraなどに吹き込んだ諸作品でドラムを叩いていた、イタリアのベテラン・ドラマー、アルド・ロマーノだ。作曲家としても多作なアルドは、実質的なリーダー・デビュー作と言える『Michel Petrucciani』やソロピアノ作『Oracle's Destiny』などでハイライト的な楽曲をいくつか提供している。つまり最初期におけるペトルチアーニの最良の音楽パートナー(=理解者)だったということだ。

 のちにここ日本では”赤ペト”と呼ばれ親しまれる『Michel Petrucciani』は、19歳という余りある若さとその情熱で押しまくりながらも随所で叙情性香る美的センスが光る、まさに”将来を有望視せずにいられない”一枚となっている。そのほかOWLには、リー・コニッツ御大とのデュオ録音『Toot Sweet』、ビル・エヴァンスに捧げた初ソロピアノ作『Oracle's Destiny』、多重録音というユニークな手法で挑んだ二枚目のソロ『Note'n Notes』、ペトルチアーニの心の友でもあるベース奏者ロニー・マクルーアとのデュオ『Cold Blues』、都合5枚のアルバムが吹き込まれた。

 またOWL以外でのレーベルでは、イタリアのRiviera に『Estate』、カール・ジェファーソン主宰カリフォルニアのConcord に『100 Hearts』(ソロピアノ)、『Live At The Village Vanguard』といったアルバムを残している。  



「Michel Petrucciani」 (1981)

1981年4月3,4日録音

Michel Petrucciani ジャン・ジャック・ピュシオー主宰の仏OWLレーベルに吹き込まれた、『Flash』に続く2作目のリーダー・アルバム。オーソドックスなピアノトリオ編成にもかかわらず、ここまで聴く者の心をワシ掴みにするのは、力強いタッチでグイグイと全体をリードし、キャンバスいっぱいに色彩豊かなピアニズムを大胆に描いていくペトルチアーニのギミック一切ナシ、一本筋が通って画然とした勇猛果敢さに他ならず。日本デビュー盤ともなり「赤ペト」の愛称で親しまれて久しい本作。アルド・ロマーノ作の「Christmas Dreams」、J・F・ジェニークラークのベースソロが躍動する「Juste Un Moment」、恰もスティーヴィー・ワンダーに追随するかのような至極ユニバーサルなメロウ・ソウルを紡ぎ上げる「Gattito」など、その美しさと情熱の温度は永遠。ゆえにいつ聴いても新しい発見がある。


「Oracle's Destiny」 (1982)

1982年10月18日録音

Oracle's Destiny この詩情は果てしなく・・・と言ってしまえばあまりにも平たくなってしまう。ペトルチアーニの心の奥を覗き見ているかのような一音一音とその間に心酔しながらも、そこには耽美やロマンティシズムを超えた何か得体の知れない情緒が潜んでいるのでは、と折に触れハッとさせられる。ビル・エヴァンスに捧げた初のソロピアノ・アルバムではあるが、名器ベーゼンドルファーを弾きながらゆっくりと自己との対話を愉しんでいるかのような印象も。ペトルチアーニ本人は「この頃はまだソロピアノを吹き込むほどの力はなかったんだけど・・・」とこの当時を振り返っているが、二十歳そこそこの若者らしさが出ているという意味でも実に奥ゆかしく愛らしい。大好きなエヴァンスに殊の外なりきってみせた(であろう)「Mike Pee」にほんのり漂う青春の香りが好きだ。



「Estate」 (1982)

1982年3月29,30日/4月16日/5月5日録音

Estate 明るい前途が目の前に広がっていくかのような、所謂ペトルチアーニ節でもある底抜けに陽気でスケールの大きなサウンドスケープ。まさにその真面目であろう「Pasolini」、コロコロとよく転がるアドリブに思わず天晴れの高速サンバ「Samba Des Prophetes」、師(というかマイメン)チャールズ・ロイド作の「Tone Poem」など、「なるほど爽快!」と大声上げて膝を打つ人気曲を収録。ほか、美しい和音を駆使しながらゆったりとスウィングする自作曲「I Just Say Hello」、エヴァンスの「Very Early」、ジョアン・ジルベルトが歌ったことでよく知られる伊太利小唄「Estate」などかなりバラエティに富んだ内容となっている。いくら何でも本作を聴けば、「エヴァンス派→ リリカル≒どこか内気で湿っぽい」という杓子定規な捉え方を改めざるを得ないだろう。




「Live At The Village Vanguard」 (1984)

1984年3月16日ライヴ録音

Live At The Village Vanguard エヴァンス解釈のユニークな一例として。聖地ヴィレッジ・ヴァンガードにやって来たピアノの妖精にそれは瞬く間に憑依。おなじみ「Nardis」は滑り出しのカデンツァを経てようやくその骨格を露にする。激しく硬質なタッチから生まれる新たな緊張感。キース・ジャレットのヨーロピアン・カルテットをはじめ数多ECM作品で妙技を残すパレ・ダニエルソン(b)と、70年代のエヴァンス・トリオを支えたエリオット・ジグムンド(ds)のリズムが主役ピアノにキビキビと呼応する。それまでのアルド・ロマーノを擁したトリオ時とは異なる、どことなく”大人びた”感じのペトルチアーニが味わえると言ってもいいかもしれない。勿論”すかした”という意味ではなく、より伸び伸びとしたフォームで動き回りながら次へのステップを見出した、という意味で。エヴァンスのみならずロリンズ「Oleo」の解釈もまた痛快無比。ちなみに、オリジナルとなる「Say It Again And Again」は、当時の岩浪洋三先生をして「ナウなのである」と。





BLUE NOTE 期の作品から (1986 - 1994)


ミシェル・ペトルチアーニ  泣く子も黙る天下のBlue Noteも70年代末には時代の流れから取り残され苦汁をなめる(1979年活動停止)。が、その後CBS〜エレクトラを渡り歩いた敏腕ブルース・ランドヴァルの社長就任(同時に若きジャズ評論家マイケル・カスクーナが”カタログ復刻隊長”に大抜擢)によって80年代半ば、名門復活を高らかに宣言することとなった。そんな新生Blue Noteのニュースター急先鋒として白羽の矢が立てられたのが、1985年に同レーベルと契約を結んだペトルチアーニだった。

 意気揚々と新しいスタートを切ったペトルチアーニは、この時期を境に自らの音楽をさらなる高みへと昇華していった。パレ・ダニエルソン、エリオット・ジグムンドとの『Pianism』を名刺代わりに、ジム・ホールとウェイン・ショーターという二大巨頭との共演盤『Power of Three』、さらにはエディ・ゴメス、ゲイリー・ピーコック、アル・フォスター、ロイ・ヘインズという二組の黄金リズム・セクションにジョン・アバークロンビーを加えた陣容、その錚々たる名前に”食われることなく”アイデンティティをピアノに託し放出しまくった『Michel Plays Petrucciani』と、昔からのアイドルでもあるビッグネームとの交歓を心底愉しむペトルチアーニの姿がある。

 マイルス・デイヴィス・グループで活躍していたアダム・ホルツマンの助力を得てから表現力はより自由度と強度を増した。自他共に認める人気曲「Looking Up」がオープニングを爽快に飾る『Music』、「September Second」、「Miles Davis' Licks」を収録した『Playground』。この2枚のアルバムがアメリカはもとより母国フランスでもクロスオーバー的に大ヒットを記録したことにより、ペトルチアーニは名実共にスタープレイヤーの仲間入りを果たしたと言ってもよいだろう。

 ほか、ピアノを弾くきっかけとなった永遠のアイドル、デューク・エリントンの愛奏曲を”傷心”の向くままソロピアノで奏でた『Promenade With Duke』、同レーベルからの最後のリリースとなったライヴ盤『Live』をBlue Note に残している。また、1985年のレーベル復活を祝した、レーベル・アーティスト総出による記念コンサート『One Night With Blue Note』、レニー・ホワイトの呼びかけでウェイン・ショーター、スタンリー・クラーク、ギル・ゴールドスタイン、ラシェル・フェレルといった豪華なメンツが顔を揃えた『The Manhattan Project』(1989年録音)といったオールスター・セッションにもペトルチアーニは参加。特に後者における生き生きとしたプレイは一聴(一見)の価値アリ。



「Pianism」 (1986)

1985年12月20日録音

Pianism 上掲ヴィレッジ・ヴァンガード・ライヴ後に吹き込まれた、新生Blue Noteを象徴する一枚にして、ペトルチアーニの名をお茶の間にまで一気に知らしめた”決定盤”。チャールズ・ロイドと袂を分かった後のパレ・ダニエルソン(b)、エリオット・ジグムンド(ds)とのニュートリオは、それまでペトルチアーニに纏わり付いていたであろうある種のしがらみや胸のつかえ諸々からようやく解き放たれた、そんなカミシモを脱いだ余裕あるアンサンブルを随所に感じさせる。オープニングの「The Prayer」、当時の奥方に贈ったという「Our Tune」、エリス・レジーナに捧げた「Regina」など、オリジナル・コンポジションはいずれも作曲家としての才がさらに大きく花開いたことを伝える。誤解を恐れずに言えば、ブルーノートはじめ巻き返しを図る様々な商業主義がペトルチアーニのようなスター候補生を抱え込もうとする意思は無論ショウビズの世界では「アリ」なことなのだが、ペトルチアーニの音楽に対する情熱やそこに秘めた可能性は、そんな80年代アメリカの行き過ぎた消費構造を嘲笑うかのように膨張し化け続ける・・・







「Music」 (1989)

1989年録音

Music ツアーを共にしていたアル・フォスターを介しマイルス・デイヴィスと何度も接見したことは有名であり、マイルスにとってもペトルチアーニは「あまりにも愛おしいピアノの化身」、プリンス殿下以上に入れ込まん「Little Motherfucker」であったに違いない。そんなマイルスやその参謀たちとの出会いによって生まれたポップでフュージョナルなジャズの形。いや、そこにはもうジャズという”頚木”はない。TUTUバンドからマイルスを支えたアダム・ホルツマンのシンセが趣味のいいレースのカーテンのように全体をふんわりと包み込む。ブラジリアン・ライクな「Looking Up」が蒼天をかける。エヴァンスでもキースでもない真に独自のサウンドを手に入れたペトルチアーニの、青春の覇気うるわしく。全曲オリジナル、さらに曲毎に演奏陣を入れ替えるというところからも創作意欲がひとつのピークに達したことを強く感じさせる。だからしてここでは特段ジャズに固執する必要もなかったのだろう。「My BeBop Tune」、「Bite」、「Happy Birthday Mr.K」では、いずれも八十八鍵を表情豊かに転がしまくる痛快なアドリブに天を仰ぐ。その一方で、タニア・マリア客演の「O Nana Oye」、どファンキーな「Play Me」のような世界も混在。ペトルチアーニにとっては、前作『Michel Plays Petrucciani』からさらに一歩踏み込み、自己表現としての音楽の限界を超えてみようという”おたのしみ”チャレンジでもあったはず。  



「Playground」 (1991)

1991年録音

Playground マイルスがこの世を去った年に産声を上げた本作には、帝王ラスト・イヤーズの遺志を継いだか定かではないが、ジャンルレスという意味合いにおいて昔気質のジャズとは一旦距離を取ったかのような楽曲がズラリと並ぶ。「September Second」、「Home」という冒頭2曲の流れは、時代に乗り損ねたジャズ喫茶の愚痴を尻目に、まさに多様・細分化していく90年代の音楽モデルの在り方を流麗に語るかのよう。アダム・ホルツマンがシンセの”あの”ヒット音を天国(あるいは地獄)に向かって打てば、ペトルチアーニ含む帝王党は体中の全細胞が覚醒し狂喜する。気付けばオマー・ハキムやスティーヴ・ソーントンといった連中も傍らに陣取っているのだから恐れ入る。「Miles Davis' Licks」は最高にヒップ、且つシャレの効きまくったトリビュート。すでに定番となったブラジリアン組曲も快活なら、アンソニー・ジャクソンの地を這うようなベースに一票の「Contradictions」も腰にくる。時代の音と上手に戯れるフレキシブルな姿勢や持って生まれた社交性などがきっちり作品として結実するアーティストというのも実に稀だ。がゆえの妖精であり、天才であり。アルド・ロマーノによる木漏れ日のように柔らかな円舞曲「Rachid」もお見事。   



「Live」 (1994)

1991年11月ライヴ録音

Live 10年に及ぶアメリカ生活で培った経験、智恵、スキル、ノウハウ、全てを吐き出すべく登場した地元凱旋公演、フランスは「The Arsenal in Metz」でのファイト一発クインテット・ライヴ録音。但し帝王無き後の世界に、アダム・ホルツマンと掛け合う「Mile Davis Licks」は意外にもマイルドにこだまする。その他の演目においても、「激しいだけじゃないペトルチアーニ」という点で極めて爽快で滑らかな後味が残る。割れんばかりの拍手をもって迎えられる「Contradictions」、「Bite」、「Looking Up」と、リズムコンシャスなバンド・サウンドながら、そこには鍵盤を強烈にヒットしてきたペトルチアーニの姿はない。三十路を直前にした一握の感慨深さなりペーソスなりがあったのだろうか? それとも大企業特有の閉塞感に辟易していたのか? 何とも言えない心持ちが指先から音に伝わっていく。実際このアルバムを最後にペトルチアーニはブルーノートを離れることとなる。しかしながら本作、当時のグループとしてのまとまりのよさを如実に顕したものとしてはピカイチの内容だ。 








DREYFUS JAZZ 期の作品から (1994 - 1999)


ミシェル・ペトルチアーニ  大企業Blue Noteでの活動と忙しない都会暮らしに終止符を打ったペトルチアーニは、故郷を活動の拠点とするため13年ぶりにフランスに帰国した。そこでも大きな出会いが。フランシス・ドレフェスがオーナーを務める新興レーベル、Dreyfus Jazz から契約を持ちかけられたのだ。資本は小さいながら誠実な作品制作に定評のある地元レーベルからの真摯な誘いを断る理由などナシ。心も体もリセットでき、なお且つ新興レーベルならではの風通しの良い環境で自由に伸び伸びと再び新しいことにチャレンジできると確信したペトルチアーニ。本人自ら「アコースティック回帰を打ち出した」という移籍第1弾のアルバム『Marvellous』は、トニー・ウィリアムスとデイヴ・ホランドというこれまた強力なリズム・セクションを迎えたピアノトリオに、ストリングス・カルテットをブツけるというユニークな発想でファンを驚かせた。

 ジャンゴ・ラインハルトの相棒としても知られるヴァイオリン奏者ステファン・グラッペリとの『Flamingo』、仏ジャズ界のハモンド・オルガン始祖エディ・ルイスとの『Press Conference』、後年未発表音源としてリリースされたニールス・ ペデルセンとのデュオ・セッション・ライヴ(1994年)など、かつて自らのアイドルだった巨匠との共演はこの時期もまるでライフワークのように続けられている。続編も作られた『Press Conference』ではペトルチアーニのオルガニストとしての確かな腕前もチェックすることができる。またDreyfusでは2枚のソロピアノ・アルバム『Au Theatre des Champs- Elysees』、『Solo Live』(9年後に完全盤として再登場)をリリース。いずれ劣らぬ素晴らしい内容につき万難を排して入手すべき。

 スティーヴ・ガッドとアンソニー・ジャクソン、天下無双のリズムマスターとのラスト・トリオは、筆舌に尽くしがたい名演をいくつも残した。ペトルチアーニ 長年のラブコールがガッドに届き、ついに念願叶った初共演レコーディング作『Both Worlds』、1997年ドイツ・シュトゥットガルトでのライヴ映像『Live in Germany』、そしてこのトリオによる最初で最後の来日公演となった『Trio in Tokyo』。実際に作品として世に出たものはその3枚にとどまるが、いずれにおいても当代最高のトリオ・アンサンブルを手に入れることができたペトルチアーニの歓びいっぱいのピアニズムが溢れ返っている。



「Both Worlds」 (1997)

1997年8月23〜25日録音

Both Worlds フラヴィオ・ボルトロ(tp)、ステファノ・ディ・バティスタ(ss,as)、二人のイタリア人ホーンプレイヤーの名を日本のジャズ・ファンの間に浸透させた一枚でもある。スティーヴ・ガッド&アンソニー・ジャクソンという最強のリズム隊を手にしたペトルチアーニだったが、トリオという枠に収まらずドン欲なまでに自己サウンドの可能性を追求する。職人ボブ・ブルックマイヤーのトロンボーンを加えた厚みのあるセクステットで録音に臨み、様々なタイプのフォーマットを楽曲毎に使い分けることで、そこに自然とメリハリが生まれる。さらにアレンジを全てブルックマイヤーに任せたことで、欧州フィールと米国フィールの完全対比〜融合の世界「Both Worlds」がものの見事に成立。個性の強いピアニストが陥りやすい恣意的でナルシスティックな独壇プレイとは異なり、ペトルチアーニのピアニズムにおけるコミュ力がいかに突出しているかを改めて窺い知るだろう。魔法のような16ビート、8ビートを操り律動街道を驀進するガッドの業師ぶりは言わずもがな。途中4ビートを交えながら超シュアな16分をキープするオープナーの「35 Seconds of Music And Move」から早アゲアゲ。ペトルチアーニのテンションもきっとMAXに近かったはず。サンバもファンクもこの無敵艦隊の手にかかればワンランク上のイロツヤキレをたぐり寄せるというもの。後半2曲にスパイスとしてひとまぶしされたラテン〜カリプソ、中近東(?)フレイヴァも新味。  


「Trio In Tokyo」 (1999)

1997年11月ライヴ録音

Trio In Tokyo ペトルチアーニ、ガッド、アンソニー、20世紀最後にして最高のゴールデン・トライアングル。その最初で最後の来日公演となった1997年11月ブルーノート東京でのライヴを収録。客席の合間を縫ってステージに向かうペトルチアーニ。パンパンに膨れ上がった東京イチのジャズ・ヴェニューに割れんばかりの拍手が鳴り響く。その一部始終を克明に捉えたある種のドキュメント。完璧な夜。ひと昔前であれば「ミシェル・ペトルチアーニ・イン・トーキョー」という邦題と共に円盤化されていたに違いない、それ程の、忘れかけていた熱狂。このトリオ、各自の腕っぷしの強さはもはや説明不要の領域になるが、三者相対的なアンサンブルの時を迎えると、これがまたさらなる奇跡を呼び起こすというのだから、実に”化け学”チック。ジャンジャンバリバリ弾き叩きまくることしか知らないキッズの皆さんには、この静と動、陰影に富む神秘めいた世界を何卒ご清聴いただきたい。互いが大いなる自由と悦びを感じ合いながら、同一ベクトルの磁場に向かい組んずほぐれつ。誰彼決して出しゃばることなく、「Home」、「Little Peace in C For U」、「Love Letters」といった至上の名演を千変万化多彩な表情にて生み出している。ジャケも差し替えとなったこちらの再発盤には「Take The 'A' Train」が追加収録されている。




「Dreyfus Night」 (2003)

1994年7月7日ライヴ録音

Dreyfus Night 1994年の七夕、パリ「Palais des Sports」で行なわれたオールスターセッション・ナイト「ドレフュス祭り」の模様を収めた実況録音盤。ペトルチアーニのリーダー作とは言えないものの、マーカス・ミラーほか、ケニー・ギャレット、 ビレリ・ラグレーン、レニー・ホワイトといった猛者との大相撲という資料的な価値の高さなども含めて、ペト好きは是非とも手元に置いておきたい一枚でもある。「Tutu」、「The King is Gone」においては当然ながら帝王学の申し子たち、マーカスやケニーのオイシイところ総ざらいタイムになってはいるのだが、何を隠そうオーラスの「Looking Up」、これがとにかく白眉。リリースされた1997年当時、「この1曲のためだけでも良いから迷わずゲット!」的キャプションが各地のレコ屋に繚乱していたことを記憶している。正規音盤・映像化された数ある「Looking Up」ライヴ・ヴァージョンの中でも間違いなくテッペンに位置する名演だろう。マーカスのドンシャリ・スラップがしなやかな筋肉のように美しく躍動。ケニー、ビレリのソロもその歌心が抑えきれず四方八方に大横溢。これが初顔合わせだなんてとても信じられないが・・・皆ペトルチアーニのピアノの魔法にかかってハッピーにダンスするかの如く。愉しくも圧巻。いやはや言葉がない。


「Piano Solo:Complete Concert In Germany」 (2007)

1997年2月27日ライヴ録音

Piano Solo:Complete Concert In Germany Dreyfusでは計2枚のソロピアノ・アルバムをリリースしているペトルチアーニ。1994年録音の『シャンゼリゼ劇場で』と1997年ドイツ・フランクフルト公演を収録した『Solo Live』。こちらは後者のコンプリート盤で、それまで全11曲だったものが一挙9曲追加の全20曲収録の2枚組仕様となって再登場した、ファン感涙の一枚となる。一般的には、コンサートをフルに収録、さらにペトルチアーニ本人の意向でノー編集のまま世に出たことでその純度の高さをたっぷりと味わえる前者『シャンゼリゼ〜』の方が多くの票田を獲得しているのだろう。だからといって本作をスルーするのはもってのほか。あまりにも美しく、嶮しく、生々しい。いじらしくも獰猛に生命を焦がす瞬間というものがスタインウェイを通した音の連なりとして僕らに迫りくる。結果的にこれが生涯最後のソロピアノ作品となり・・・ペトルチアーニが一番星になる直前、大吟醸の「Looking Up」、それを聴き逃すワケにはいかないではないか。











ペト関連、こちらもお忘れなく!


『Ultimate Michel Petrucciani』 
映画公開に合わせたかのようにリリースされるニューベスト。「Our Tune」、「Looking Up」、「September Second」といった代表曲をはじめ、Blue Note 期の名演を2枚組に全28曲収録。入門編にぜひどうぞ!


『Jazz Inspiration: Michel Petrucciani』 
ドイツEMI/ブルーノート編集によるジャズ・アーティストのベスト・シリーズ「ジャズ・インスピレーション・シリーズ」のペトルチアーニ編。Blue Note 期の人気曲をコンパクトにまとめた超お買い得盤!


『5CD Original Album Classics』 
Dreyfus 期の5タイトル、『Conference de Presse』、『Flamingo』、『Solo Live』、『Trio in Tokyo』、『Both Worlds』を格納したお買い得5枚組ボックス。『Trio in Tokyo』、『Both Worlds』は再発されたボーナストラック入りのバージョンになっています。


『Darn That Dream』 
ペトルチアーニの父トニー(g)、弟ルイ(b)とのトリオ・セッション。1999年に一度CD化されており、今回ジャケを差し替えて十余年ぶりに限定プレスで再リイシュー。アットホームで綿密な演奏を随所に聴かせるが、当時弱冠20歳のペトルチアーニのピアノはやはりアタマ一つ抜きん出ている。

『Michel Petrucciani And Niels Henning Orsted Pedersen』 
『Mervellous』をリリースした1994年の4月18日、デンマークの重要ジャズ拠点コペンハーゲン・ジャズハウスで録音された、ペトルチアーニと名手ニールス・ペデルセン(b)とのデュオ・ライヴ音源。ペトルチアーニの死後10年以上が経過した2009年に発掘音源として公式リリースされ、ベストセラーとなった一枚。

Steve Grossman 『With Michel Petrucciani Quartet』 
1998年1月23〜25日録音。ミシェルの置き土産的に実現したスティーヴ・グロスマンとのワンホーンでのスタンダード・アルバム。ジョン・ファンズワース(ds)を起用したミシェルの慧眼が、波の大きいグロスマンのプレイをしっとりと、このアルバムに至極フィットしたプレイに導いた。


『Live In Germany 1998』 [DVD] 
1998年2月8日ドイツ・シュトゥットガルトで行なったスティーヴ・ガッド(ds)&アンソニー・ジャクソン(b)とのトリオ編成によるライヴ。代表曲「リトル・ピース・イン・C」、マイルス・デイヴィスのカヴァー「So What」、エリントンの「A列車で行こう」など全8曲を収録。


『Solo Marciac+Lettre A Michel Petrucciani』 [DVD] 
ボックスセット『Complete Dreyfus Jazz Recordings』に収録されていたDVDの単体版。1996年のソロライヴ、ペトルチアーニのインタビューを含む1983年制作のドキュメンタリー、2005年に行なわれた父トニーと盟友アルド・ロマーノのインタビューという3つのコンテンツを収録。字幕は英語・ドイツ語のみ。