2012年4月9日 (月)

過去3枚のアルバムに触れた方々はすでにご承知のとおり。アメリカと日本、双方を出自とするミックス・アイデンティティを独自の感性に従いながら詞世界・音世界として描出する、新しき時代のシンガー・ソングライター、エミ・マイヤー。この春リリースされるミニ・アルバム『LOL(エル・オー・エル)』でも、彼女の天真爛漫で力みのない詩情がそこはかとなく溢れ出ている。百花繚乱の ”ナチュラル・ウーマン” シーンに咲き加わる1枚になることは間違いないはず。
この度、HMV ONLINE インタビュー初登場となるエミ・マイヤーさんをお迎えして、新作のことをはじめ、「コラボレーション」、「カテゴライズ」、「日本語」、「京都」...エミさんにまつわる様々なキーワードを拾い出しながら、たっぷりとお話を伺いました。
インタビュー/構成: 小浜文晶 |
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* このインタビューは2012年3月11日に収録されたものです。
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東日本大震災から今日でちょうど1年ですよね。このタイミングで日本にいるってことは全く予想していなかったんですけど、ただ、海外にいるよりは日本で何か力になれることができるっていうのがすごく嬉しいですよね。
本当にそうですよね。むしろ、今こうしてバンドメイトとお客さんの前でライブができるっていうこと自体意義深いというか。去年の5月に来日したときは、さすがにみんなリラックスして音楽を愉しめる状態じゃなかったと思いますし、今現在も多少そういう感じは残っていますよね。でも、今日のイベントのように一緒に時間を過ごすっていう、そのアクションがすごく大切だなって思います。言葉ではなく、とにかく行動することの方が大切な時期ってありますよね。
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PRAY FOR JAPAN「震災チャリティー・コンサート 2012」
@SOUND MUSEUM VISION Photo by Erica Jordan |
「lol」っていうのは、日本語で言うところの「(笑)」とか、Eメールに打つ「ww」とか、そういう意味で使われている略語なんですよ。一時期すごいインスタント・メッセージが流行っていて。私が中学生ぐらいの頃かな? 今はそこまで頻繁には使われないんですけど。
この曲を書いているときは特に何も決まっていなかったんですけど、ふと「laugh out loud」っていう言葉が思い浮かび、それがそのまま歌詞になったので、せっかくだからタイトルに使おうかなって。
ニューヨークにいる友達が2010年の12月に赤ちゃんを産んで、たまたまそのときニューヨークに居たんで会いに行ったんですよ。新しい生命の「美しさ」「素晴らしさ」にインスピレーションを受けて書いた曲ですね。
そういう場合が多いですね。あとは、例えば去年経験したことが今年になってじわじわと想い起こされてきたりして、そこから色々なファクターが重なって曲が出来上がったりとか。自分の経験以外では、本を読んだり絵を見たりしてインスピレーションが湧くことも結構ありますね。
いえ、違うんですよ(笑)。「Still」は、L.A.に住んでいるアルバート(・チャング)くんっていう友達のシンガー・ソングライターと一緒に作った曲なんですけど、Eメールでファイルのやりとりを何度もして出来た曲なんですよ。実際作ってるときは、お互いの言葉にインスパイアされて次のヴァースを書き足していくっていう感じだったんですよね。彼がまずラフなヴァースを作って送ってきて、それを聴いて私が「ここはこういう風にした方がいいんじゃない?」って。ただ、最初から“感情的な”部分では合っていたんで、一度も「この曲は○○について書こう」って話し合うようなことはなかったんですよ。もしかしたら、彼の中では私とはまた全然違う経験について歌っているのかもしれませんけど(笑)、波長は同じだったんで、それがすごくおもしろくて。
(笑)いつか、お互いどんな気持ちで書いたのかを話すときが来るかもしれませんけど。コラボレーションするときっていうのは、いくつかパターンがあって。「こういうテーマで書きたい」って具体的な方向性から詰めていくパートナーもいますけど、でも、この「Still」は、そういうテーマ決めは一切なしで、お互いの歌詞を読むだけで、お互いが「何となくこういう事について歌っているんだろうな」っていうのを感じ取ることができたんですよね。
正直、最初は「自分の曲は、自分100パーセントで作りたい」みたいなことは思っていたかもしれませんね。まだ自分の方向性を模索している中で、自分にはこういう事ができるんだっていうのを証明したかったっていう部分もありましたし。
でも、アルバムを3枚出した今となっては、方向性にしろアイデンティティにしろ自分自身のことは大体分かってきたというか。だから、“できる範囲”に対して保守的になるよりは、色々な人とコラボレーションすることで、自分で思っている以上のことが出来たり、あるいはそこで学んだことを次の自分の曲に応用できたりする方がすごく有意義だって感じるようになってきたんですよ。
例えば、自分がデッサンした絵を次の人に渡して、その人がそこに何かを書き足し、そこにまた私が「お、こう来たか」って付け足していく、そんな感じ(笑)。お互いにセンスが一致したときはすごくたのしいんですよね。
自分の軸っていうものがハッキリしますよね。コンフォートゾーンから離れて、「ここはブレちゃいけないところなんだ」って。言い換えれば、好き嫌いが結構ハッキリするようになったというか。昔はあまり好きじゃなかったものを好きになったり、またはその逆の場合とか。私自身が昔よりもオープンになった証拠かもしれませんけど。
それは音楽に限らずというか、それこそ去年震災が起きたっていう状況も含めて、いつ何があるか分からないっていうことを今までより強く感じるようになったんですね。だから、「今がチャンス」とか「この人と曲が書きたいな」とか、そういうことを思う瞬間があるんだったらその感覚をすごく大切にして、出来るときに出来ることをした方がいいなって。今回のアルバムに関しても、私はもちろん、他のみんなもそういったフィーリングで一緒に曲を作り上げることができたんじゃないかなって思っています。
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まず去年の12月頃に「lol」と「Still」をレコーディングして、そのあと「もう2曲ぐらいは録りたいな」っていうことで、年明けに、アルバートくんとジョージさんにお願いして「Doin' Great」と「What Kind」をレコーディングしたんですよ。 「lol」は、元々「キユーピーライト」のCMソング用に作られた曲なんですけど、その制作のときに初めてジョージさんにお会いして、もしタイミングが合えば「是非一緒にロング・ヴァージョンを作りたいね」って話していたんですよ。それから、アルバートくんは大学の先輩ですね。
サークルが一緒だったんですよ。私、入学してすぐに「アジアン・アメリカン・クラブ」みたいなレクリエーション・サークルに招待されたんです。そのサークルでアルバートくんがリーダーのひとりだったんですよ。活動自体は、みんなでお茶したり、コンサートを聴きに行ったりして、所謂音楽サークルみたいなものとはまた別の集まり。そこで彼がミュージシャンだったことを知って、ライブを観に行ったら、それがすごかったんですよ。
ジャズ・ピアノは演っていて、ちょうど歌を始めた頃。でも、アルバートくんから特別何かを教えてもらったっていうことはなかったですね。彼はシンガー・ソングライターとして完成していたんで、私はそれを見ているだけで刺激的だったというか。
アルバートくん、すごく個性的な声をしているんですけど、話し声と歌声が全然違うんですよ。私もそういう感じなので、不安だったところもあったんですけど、でも彼を見てて「こういう人もいるから、別に違ってもいいんだ」って思うようになりましたね。それは、ヴォーカルをやる上で結構大きかったです。
L.A.に、マデリン・ペルーのプロデュースをしている人がいて、最初はその方にプロデュースをお願いしたんですが、スケジュールが合わず、そこで代わりに紹介してもらったのがエンジニアのリックさんなんですよ。すぐに電話してお話ししたら、すごく気が合って。
リックさんは、CM音楽もたくさん手掛けている人なんですね。私もCM音楽制作には何回か携わっていたので、「こういう感じで仕上げてください」っていうリクエストがあれば、即座に対応できなきゃいけない苦労もよく知っていたんですよ。そういう部分で、リックさんなら私のリクエストに臨機応変に対応してくれるんじゃないかなって。結果、「lol」、「Doin' Great」は、私のイメージ通りのものに仕上がったので、お願いして本当によかったなって思っています。
それと印象的だったのが、リックさんのホームスタジオ。すごく素敵なところで。そこまで広いわけじゃないんですけど、部屋中にたくさんの機材があって、かなりいいサウンドで録ってくれたんですよね。
(笑)そうですか? でも、シアトルの実家は周りが森なので、ピアノに座っていると目の前が一面緑っていうような環境ですね。そういう意味では、割と自然がインスピレーションになっているかもしれませんね。たしかに、そこで曲を書いていると、どうしても歌詞の中に「木」とかが入ってきちゃうんですよね(笑)。
ただ、ヴァイブレーションや生命を感じるのは別に自然だけじゃないんですよ。そのリックさんのホームスタジオに行ったとき、奥さんがインテリア好きな人で、小さなキャビンにお花や昔の写真やお友達が描いた絵、あとはアンティークの楽器とかが飾ってあって、誰かが心を込めてデコレーションしたんだなっていうのが伝わってきたんですよ。すごく生命を感じさせたというか、それこそ部屋が生きている感じがしたんですよね。そういう環境にいると、本当にインスピレーションって湧きやすいんだなって。
今回ミニ・アルバムの中に入っている写真は、全部リックさんのお家のお部屋やお庭を写したもので(笑)。お庭にはブライト・グリーンのテーブルが置かれていたり、みかんの木がなっていたりとか、かなりカラフル。ポップでありながらしっかりヴィンテージ感もあって、いい雰囲気なんですよね。
日本にいるときは大体ホテル暮らしになるので、さすがにそこではあまりインスピレーションも湧かないんですけど、京都で昔ホームステイしていたお家に帰ると書けたりするんですよね。そこもすごくアットホームで、いい気が巡っているようなところなので。アメリカでは自分の中から自然と湧き出てくるんですけど、京都にいるときは、色々なミュージシャンとコラボレートする機会も多いので、そこでたくさんエネルギーをもらってアイデアが出てくるっていう感じですね。
フジロックだったり、以前から色々なところで会っていたんですよ。それこそ私の最初のアルバム(『Curiuos Creature』)が出る前からなので、お付き合いはそれなりに長くて、昔まだ私がベジタリアンになる前に一緒に焼き鳥を食べたことなんかもあって(笑)。それで、たまたま今回『MUSIC FOR DAYDREAMS』に誘っていただいたんですよ。
ケン・イシイさん、すごくアクティブですよね。ツィッターもおもしろくて(笑)。DJって世界各地をツアーしているじゃないですか? だから、「今、バルセロナでパエリア食べてます!」とか、世界中からツィートしていて、本当にグローバルですよね。
シンゴさんとは、2007年に私が京都に留学している頃に出会っているんですよ。そのときに卒論で、例えば、クリスタル・ケイ、ジェロ、それこそシンゴさんとか、あとは“逆輸入”みたいなアーティストでディアフーフとか、所謂「ボーダー・アーティスト」について書いたんですね。こういったアーティストたちは、日本の音楽界でどういう風にマーケティングされているのか、そういうことにすごく興味があったので。
彼にはMyspaceで連絡を取ってみたんですよ。ちょうどその頃に、偶然京都のホームステイ先のお母さん、人類学の先生なんですけど、彼女が『Droppin' Lyrics』っていうドキュメンタリー映画を観せてくれて、「あ、この人、今Myspaceでコンタクト取ってる人だ」って(笑)。そういうこともあり、「もし曲作りでヴォーカルやピアノが必要で、私に手伝えることがあったらいつでも言ってね」ってメールを送ったら、ちょうど『歪曲』の制作中で、「実はこの曲にヴォーカルが必要なんだ」ってファイルが送られてきたんですよ。私はそれに声を入れて送り返して。でも実際に会ったのは、そこから半年後ぐらいだったと思います。
そうです。そこでまたヴォーカル・パートを付け足したりして、それが「湾曲」と「蝶番」っていう曲になったんですけど。しかも、ちょうどその『歪曲』のツアー・バンドでヴォーカルとピアノを探しているっていうことだったので、私が参加することになったんですよ。
その当時はまだプランクトン(現・所属レーベル)と出会う前で、色々なメジャー・レーベルと契約のお話をしていたんですが、どうしてもそうした大手のレーベルだと、「邦楽」か「洋楽」、どちらかに所属セクションを決めて売り出していかなきゃいけないっていう部分があり、さらに「日本で活動するなら日本語で歌いなさい」っていうような制約も多かったんですね。日本のアーティストのカヴァー曲をデモで歌ったり、それはそれでたのしかったんですけど…でも自分で曲も書きたいし、英語でも日本語でも自分の言葉で歌いたいなと思って、そういうことを「歪曲」のツアー中にシンゴさんに相談していたんですね。そうしたら、「じゃあ、曲書こうよ」って、それが2枚目のアルバム『Passport』になったんですよ。
しかも、日本語で歌うのはこれが初めてだったんですね。言語を大切にして作りたかったんで、最初は数曲の予定だったんですけど、どうせなら全曲日本語で歌おうって、シンゴさんとも話し合って。私が卒論用に行なったシンゴさんへのインタビューでも、日本語に対する視点だったり、現在の日本のポップスについての考えなんかを話してくれていたので、それも大きかったです。それと、私の英語の歌詞にもすごく興味を示してくれて、表現方法だったり細かいところまで注目して読んでくれたんですよね。英語の詞にも普段使わないような言葉を結構入れていたんで、そういうセンスも日本語に置き換えて、ちょっと変わった感じの表現になっても使ってみようってなったんですよ。
日本語で曲を作るプロセス自体が相当勉強になりますね。日本語で歌うようになってからは、一日に日本語を話す率が飛躍的に高くなって。それまでは、例えば「君に伝えたい」(『Curious Creature』国内盤ボーナストラック/『Passport』収録)の歌詞分ぐらいしか日本語を話していなかったんですよ。だから、本当に500パーセント増ぐらいな感じで(笑)。
すごく綺麗だと思いますよ。歌うときに音遊びもできますし。ただ最初は、譜割りの部分で苦労しましたね。でも、理解できていなかった分、ある意味そのときは自由にできたというか。段々と理解が深まっていくと、逆に自由に歌っていた最初の頃のおもしろさって必然的に薄れていくじゃないですか? でも、いずれにせよ、その歌い方がそのときの精一杯だったということですよね。
こういうことは、実は英語の曲でもあるんですよ。最初の『Curious Creature』のときはレンジがここまでしかなかったけど、今はここまで視野が広がったからこういう曲が書けるんだって、自分の成長を感じることができたんですよね。
最初は京都ローカルの民族音楽やジャズ・シーンを探って、ミュージシャンにインタビューしに行ったりしていましたね。「日本で、琴や三味線を取り入れてジャズを和風にアレンジしたりすることについてどう思いますか?」とか、完全に聞き手でした(笑)。ほかにも、京大のジャズ・サークルの人たちにインタビューしたり、そこで親しくなった人に「実は私もピアノ弾いているんですよ」って。『Curious Creature』を録音した直後だったので、それを聴いてもらったら、「じゃあ、この曲を一緒にカヴァーしてみようよ」って。そこから徐々にバンドが出来ていったっていう感じなんですよ。その後、アルバイトも兼ねて京都のライブハウスを中心にしてライブ活動をするようになって、そうしたら「東京でもライブしない?」って声を掛けられたんです。留学していたはずなんですけど、バンドに夢中で学校は結構サボっていましたね(笑)。
京都って、音楽的に見てもすごくおもしろい場所なんですよね。伝統音楽がある一方で、大学生が多いこともあり、ジャズだけじゃなくて、インディのロック、ヒップホップなんかも盛んで。だから、留学中は本当に色々な音楽に触れることができて、すごくたのしかったですね。
「民族音楽学」では、実際に民族音楽の楽器を習って演奏して一つの文化にスペシャライズする、それよりはもっと人類学的なアプローチで「文化にとって音楽は何なのか?」というのを考える、その両方を研究しながらキャリアを積んで先生を目指す、その3パターンがあるんですね。
私はどちらかと言うと、人類学的なアプローチで。沖縄の島唄も含めて日本の民謡も好きでしたし、アイルランド、インドの民謡も好きだったので、その辺りはまんべんなく講義を受けていましたね。そういったアプローチで学べたことは、今の自分のキャリアにとってもよかったかなって。ひとつの国、ひとつのジャンルに限定されず、もっと幅広く自分の活動を見ることもできますしね。
う〜ん、どうなんでしょうね...客観的に見て、買う側・聴く側・観る側はどうしてもカテゴライズしたいんだなっていうのはよく分かりますよ。その人が安心するのであれば、それでいいと思っていますし、逆に「いや、私の作品はジャズじゃない!」って頑な主張をしても別に何の為にもならないというか(笑)。
だから、例えば「ジャズにカテゴライズされたくないからポップスを作る」、「ポップスって呼ばれたくないからロックを作る」っていう考えは本末転倒だと思いますし、それだったら素直に自分が作りたい音楽を作って、あとは「どうカテゴライズしてもいいよ」っていうぐらいの方が自然かなって思いますね。買う側の利便性も含めて。
私もごくパーソナルなところでよく「あなたは日本人なの? アメリカ人なの?」って訊かれるんですよ。アメリカでは「What Are You?」とか。それって音楽と同じなんですよね。どうしても聞く方としては、“どっちなの?”っていうところをハッキリさせたい。それについては色々考えたりもしましたけど...やっぱりその人の中で納得する感覚が欲しいんでしょうね。あまりにも謎だったら「掴みどころがない」っていうようなことも言われますから、相手にしてもどういう風にアプローチしていいか分からないのかもしれませんよね。
でも、アルバートくんみたいに私と同じようなミックス・バックグラウンドを持っている人にとっては、別にそういうところは重要ではないわけで。お互い違う文化のハイブリッドだけど、共通するところは初対面でよく「あなたは何人?」って訊かれることだったり。つまり、そこが音楽と共通しているところなんですよね。色々な音楽を聴いている人って、そこまでジャンルを気にしないっていうか。ジャンルをボーダーしているミュージシャンなんかに会うと、やっぱり共感できるようなことも結構あったり。まぁ、色々な人がいますよね(笑)。
新しいジャンルが生まれてきたりして、歴史的に見ればジャンル論でさえ変化してきていますし。50年後に私のやっている音楽だってまた違った見方をされて、全然別の名前が付いていたりする可能性もあるわけですから。そこに拘る人もいると思いますけど、私は今現在そこまで気にする必要はないかなって...その日の気分にもよりますが(笑)。
インターネットで手軽に検索できる時代になったのは、やっぱり大きいですよね。漫画やアニメ、そしてコスプレ文化は全世界的に見ても大きなコミュニティになっていますし。ヒップホップ系の音楽にしてもそうですよね。アンダーグラウンド・ヒップホップのリスナーって結構リベラルですから、アメリカのリスナーでも日本のアングラのヒップホップ・アーティストをよく知っていたりとか。
ただ、一般的なマーケティングの部分で、アメリカと日本では同じレーベルであったとしてもシステムが違いすぎるというか、一方通行というか、日本から海外へ作品を輸出するにはまだまだ組織のハードルがあると思いますし。でも、だからこそインターネットなんですよね、きっと。インディヴィジュアルがますます色々な国の音楽を探して買ったりするようになって、マーケットの構造は確実に変わってきていますから。
実は2枚あって、次はまず英語で歌ったアルバム。それは、L.A.でデヴィッド・ライアン・ハリスさんにプロデュースしてもらったんですよ。
今はもうドレッドじゃないです(笑)。ちなみに私は、大学時代に「For You」っていう曲を聴いて完全にヤラレちゃったクチなんですけど(笑)。その英語のアルバムは、デヴィッドさんのエレキ・ギターが結構フィーチャーされていて、音楽的にはかなり幅広い内容になっているかなと思います。初めてアメリカで外部プロデューサーを招いて一緒に作ったんですけど、すごくいい経験をさせてもらいましたね。
それを今制作しているところですね。前回の『Passport』は、『Suitcase of Stones』と同時進行のような形で作っていた曲がほとんどだったんですけど、今回は、今言った英語のアルバムをきちんと録り終えてから制作に取り掛かっているので、集中して曲を書けた分、より日本語の遊び心が表れるものになるかなって。どちらもリリースは少し先になると思うんですけど、それまでたのしみに待っていてください。
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Emi Meyer(エミ・マイヤー)
アメリカを拠点に活動するシンガー・ソングライター。日本人の母親とアメリカ人の父親の間に京都で生まれ、1才になる前にアメリカのシアトルに移住。幼い頃よりクラシック・ピアノを学び友人と共演したいとの理由でジャズ・ピアノも学ぶ。18才で曲を書き出し、L.A.と東京でヴォーカリストとしての活動を始める。2007年にシアトルー神戸ジャズ・ボーカリスト・コンペティションで優勝。その後、Jazztronikをはじめ国内外の著名アーティストと共演を重ね、フジロックなど各地の大型フェスにも出演。その歌声と存在感で多くの聴衆を魅了している。09年にリリースされたデビュー・アルバム『キュリアス・クリーチャー』は、iTunes Storeや多くのCDショップのJAZZ チャートで首位を獲得。iTunes StoreではJAZZカテゴリーの「年間ベスト・ニュー・アーティスト」にも選ばれた。2010年にShingo Annen(Shing02)との共作となる全曲日本語詞の2ndアルバム『パスポート』をリリース。数々のCMソングも手掛けており、キリンビバレッジ「午後の紅茶 アジアンストレート<無糖>」TVCFで使用された「ジャマイカ・ソング」、「アヲハタ55ジャム」で使用された「フレンドリー・フェイス」は、2011年リリースの3rdアルバム『スーツケース・オブ・ストーンズ』に収録されている。
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