【対談】 小川充 × 大塚広子 [前編]

CLUB JAZZ STORE

2011年3月3日 (木)

interview
小川充さん × 大塚広子さん インタビュー


 「Wax Poetics Japan」が昨年のCTIに続いて送り出すコンピレーションは、今年創立80周年を迎える和ジャズの宝庫にして超老舗レーベル、キングレコードとがっぷり四つに組んだ ”JP JAZZ” スペシャル。国産ジャズのカタログを数多有するキングの重要音源を、クラブ・ミュージックとしてのジャズという切り口であらためて紹介。1960年代を中心としたハードバップやモード、70年代前半から中盤にかけて鬼火のように燃え盛ったジャズ・ロックやジャズ・ファンク、70年代後半から80年代前半、音楽業界の”デジタル革命”に呼応しながら自由な時代の音を形成したフュージョンやクロスオーヴァー、という3つのセレクション。

 音源だけでなく貴重なジャケット写真までもを付属ブックレットに収録した、まさに完全永久保存盤となる3タイトル。その選曲・執筆・解説を担当されたのは、現在のジャズ・シーンに多大な影響を与え続けるDJ/ライターの小川充さん。そして、今回の対談のお相手は、昨年、こちらも国産ジャズ・レーベルの重要銘柄トリオレコード音源のミックスCDをリリースし方々で話題を呼んだ、DJ 大塚広子さん。

 「昭和ジャズ」という概念とはまた一味違った切り口にて、ニッポン・ジャズの強度や趣深さを語り合うお二方。まずはその[前編]、たっぷりとお愉しみください。

 



大塚広子(以下、大塚):本日はよろしくお願いいたします。「Wax Poetics Japan」では、私もオフィシャルblogを書かせてもらっていたり、昨年発売された「COVER STORY」でも小川さんとともにレコード掲載させてもらっていたつながりもあり、今回はぜひ小川さんのリリース秘話をお伺いしたいと思います。

 昨年私が手がけた、日本のJAZZ レーベル「TRIO」のミックスCDの動きもあわせて、 日本のジャズの魅力に迫っていこうと思うのですが、 まず、このたびリリースされました「Wax Poetics Japan」とキングレコードによる共同企画コンピレーション「Wax Poetics Japan Compiled Series 〈King of JP Jazz〉」、その 『Deux Step King Of JP Jazz 60's - 70's』、『Soul Bamboo King Of JP Jazz 70's』、『Mixed Roots King Of JP Jazz 70's - 80's』という3タイトルの監修とコンパイルを手掛けていらっしゃいますが、前回のCTI シリーズ同様に、「3タイトル同時リリース」というのは当初からの決定項だったのでしょうか?

小川充(以下、小川):そうですね。リリース・タイミングは異なりましたけど、CTI企画とほぼ同時進行で話し合いが行なわれていたので、どちらも「3タイトル同時で」ということになったんですよ。

大塚:各3タイトル、「60's - 70's」、「70's」、「70's - 80's」という時代区分がされています。

小川:3枚の分け方を検討する際に色々なパターンが考えられると思うんですが、とりあえずはストレートに年代順に分けたということですね。その結果、『Deux Step』は、60年代を中心としたハードバップ、モード、つまりモダン・ジャズを集めたもの。『Soul Bamboo』は、ジャズ・ロックやジャズ・ファンク、俗に言うレアグルーヴ的な角度で語られるような音源が中心で、最後の『Mixed Roots』は、70年代後半から80年代初頭にかけて、大雑把に括るとフュージョンやクロスオーヴァーと呼ばれるようなものが中心となっています。ただ、板橋文夫さんの「ラスト・サマー」のように、一般的なフュージョンとはまったく異なるタイプの楽曲も中には入っています。

大塚:現場のDJ視点でも、この『Mixed Roots』が今回 “ミソ” になっているのかな、と思っているのですが。

小川:僕の中でも、この手の音が今いちばんしっくりきているというか。ちょっとディスコやブギー調の楽曲が多いので、ディスコ・ダブまでとは言いませんが、現在の音楽シーンの流れにつながる部分がかなりあるんじゃないかなって。

大塚:かなり深くリンクしていきそうですよね。

小川:ですので、今回特典になるアナログ12インチに入っているリミックス曲というのは、この『Mixed Roots』からのチョイスがほとんど。Force of NatureのKZAさんが、マンハッタン・フォーカスの「ミックスド・ルーツ」を、ALTZさんが、鈴木勲さんの「テンダリー」をそれぞれリミックスしているんですよね。Moochyさんのやっている同じく鈴木さんの「モンゴリアン・チャント」にしてもそうですよね。DJ視点で言えば、ジャズ以外の他ジャンルのDJの人たちにとっても割と使いやすい曲が多いんじゃないでしょうか。

大塚:リミックス楽曲の選考理由というのは?

小川:3枚の音源をみなさんに聴いてもらって、そこから単純に好きな曲を選んでお願いします、という感じだったので。

大塚:自然と『Mixed Roots』に集中したという。

小川:そうです。で、ちょうどリミックスをお願いする前に、Moochyさんはたまたま鈴木勲さんのライヴを観ていたそうなんですよね。すごく感激したって。つい先日は、Moochyさんのライヴに鈴木さんが出演されて、実際にコラボレーションをしたそうなんですよ。だから、今回の「テンダリー」のリミックスも含めて色々な縁がひとつにつながったんじゃないかって思います。



3タイトル同時購入特典の特製アナログ12インチ


3タイトル同時購入特典の特製アナログ12インチ
『The Reconstruction Of JP Jazz』収録曲


[A-1] Manteca "soulful version" / Remix by Kuniyuki Takahashi
『Deux Step -King of Japanese 60's-70's Jazz』収録「マンテカ / 原信夫とシャープス・アンド・フラッツ+オールスターズ」

[A-2] Tenderly / toropico edit By ALTZ
『Mixed Roots -King of Japanese 70's-80's Jazz』収録「テンダリー / 鈴木勲ウィズ山本剛」

[AA-1] Mixed Roots(Extended Re-Edit) / Re-Edit By KZA from Force Of Nature
『Mixed Roots -King of Japanese 70's-80's』収録「ミックスド・ルーツ / マンハッタン・フォーカス」

[AA-2] Mongolian Chant 2011 Re:Construction / RMX by JUZU a.k.a. MOOCHY
『Mixed Roots -King of Japanese 70's-80's』収録「モンゴリアン・チャント / 鈴木勲とニュー・ファミリー」



大塚:3月6日にSARAVAH東京で行なわれるリリース・パーティには、鈴木勲さんもご登場されるそうですね。会場は昨年オープンしたSARAVAH TOKYO。私も昨年12月のオープン時から「La Ronde Okotie」というLIVEイベントでDJをしていますが、とてもいい会場です。

* インタビューの最後に詳細情報掲載中

小川:今度のリリース・パーティは、「Red Bull Music Academy」のセミナーとコラボするカタチで行なわれるのですが、鈴木勲さんは講師でいらっしゃって、鈴木さんの主催されているOMA SOUNDのメンバーと、Cro-Magnonのドラマーの大竹(重寿)くんとライヴも行なう予定です。さらに、板橋文夫さんのソロ・ピアノ・ライヴもあります。

大塚:以前、小川さんの監修された「JAZZ NEXT STANDARD」誌では、日本のこうしたジャズを総称する際に「JAP JAZZ」という言葉を使われていましたよね? 私、このコラム・ページ、穴があくまで見て必死にレコードを探していた思い出もありますが(笑)、今回は「JP JAZZ」と。微妙なニュアンスの違いがあったりするのでしょうか?

小川:(笑)その2つの総称にさして違いはないんですが。近年例えばこうした「和ジャズ・ディスク・ガイド」のような本なども出たりして、「和ジャズ」という言葉がある程度定着してきていますよね。ただどうしても、古くからのジャズ文化の流れの中で聴かれていることがほとんどじゃないかなって僕個人は感じているんですよ。ふだんヒップホップを聴いている人たちにとっては、どうしてもまだとっつきにくいというか、敷居が高いイメージがあるので、そういうものを取っ払いたいなということで、新しく「JP JAZZ」というネーミングを考えたんですよね。だから、あえて逆に「昭和」「和モノ」っぽさを感じさせないところがポイントでもあって、しかも覚えやすいと。


  (註)「和ジャズ・ディスク・ガイド」・・・THINK! RECORDSのディレクターとして活躍する塙耕記氏と、高円寺の有名中古レコード店「Universounds」の尾川雄介氏との共同監修で出版された世界初の和ジャズ・ディスク・ガイド。約400枚におよぶディスク・レヴューに加え、アーティスト・インタヴュー、当時の熱気を伝える貴重な写真、そしてマニア垂涎の巻頭“帯付レコード・ギャラリー”など、和ジャズの魅力をあますことなく伝える決定的な1冊。


 「JAP JAZZ」という言葉は、それこそ昔から色々なところで使われていましたよね。ただあれは、イギリスの人たちから見た日本のジャズの総称なんですよ。で、「JAP」って別にバカにしている言葉ではなくて、イギリスの「BRIT FUNK」とか「BRIT POP」に対するネーミングなんですが、またそれとは異なり、しかも今っぽさを兼ね備えた意味合いも込めて「JP JAZZ」って付けたんですよ。

 「日本的」なものを感じさせないという部分では、ジャケットのアートワークもそうなんですよ。DJ シャドウだったり主にヒップホップ系のアーティストの写真を撮っているB+と、彼の相棒のエリック・コールマンに作ってもらっています。


  (註)B+(ビープラス) / エリック・コールマン・・・DJシャドウ『Endtroducing』のジャケット・アート制作など、90年代のヒップホップ・シーンをヴィジュアル面から支え、ローリング・ストーン誌の「BOOK OF THE YEAR」においてグランプリにも輝くアイルランド人フォトグラファー/アート・ディレクター、B+ことブライアン・クロス(写真上)。相棒のアメリカ人フォトグラファー、エリック・コールマン(写真下)と97年にL.A.で立ち上げた写真と映像のプロダクション・チーム=Mochillaレーベルでは、『KEEPINTIME』、『BRASILINTIME』、『TIMELESS』といったドキュメント映像作品を製作する一方で、アジムスのドラマー、アイヴァン・コンティとマッドリブによるユニット、ジャクソン・コンティのプロデュースなどを手掛けている。今回は、B+が、『Soul Bamboo』、『Mixed Roots』、エリック・コールマンが『Deux Step』のジャケット・デザインを手掛けている。


大塚:ECM的な風合いもあり・・・

小川:今回キングレコードの担当者さんと「Wax Poetics Japan」の担当者さんと、どういうイメージに着地させるかって色々と打ち合わせしていく中で一致したのが、アメリカかどこかの田舎町のレコード屋を掘っているときに、ふと見つけた1枚。それがたまたま日本のジャズのレコードだった。そんなイメージなんですよね。

大塚:実際の編纂の流れというのは、どういった感じだったのでしょうか? 「現存する貴重な資料を紐解いて...」という小川さんのコメントも拝見したのですが。

小川:自分が持っていたり聴いたことのある作品以外のマスターテープを、すべてキングさんにお願いして聴かせていただいたんですよね。それを今回の3つのテーマに沿うように選曲していったんですよ。

大塚:それこそ膨大な量のマスターが保管されたライブラリーに行かれたわけですよね・・・興奮します! ジャケットなんかもすべてきちんと保管されているものなのですか!?

小川:さすがに一部ないものもありましたよ、ジャケットに関しては。ただあまりにも膨大な量なので、アーティスト名や曲名などを参考にしながらある程度僕の方であたりを付けておいて、「これを聴かせてください」という感じでしたけどね。

大塚:初CD化の曲については、事前にあたりを付けていたものが多いのですか?

小川:いえ、たまたまですね。意図的に未CD化の曲を選ぼうということはなかったので。だから結果的には、所謂「レア盤」からの曲も含まれていますけど、比較的簡単に見つけることができるような盤からの曲も多いんですよ。特に『Mixed Roots』に入っているフュージョン系のものなんかは、曲自体の良し悪しとは別に市場的な価値としてはそんなに値が張るようなものではないので、割と入手しやすいかなと。レア云々というよりも曲の良さだけで選んだということになりますね。



小川充さん



大塚:選曲という作業に関しては、DJ的な審美眼とそういった部分を一切排除した視点でのセレクト、大きく分けて二つの基本ラインをお持ちだと思うのですが、今回の選曲に関してはどういったことを特に意識されました?

小川:う〜ん・・・大塚さんはどうですか? ミックスCDになるとまた事情が少し違ってくるかとは思うんですが。

大塚:トリオレコード音源のミックスCDの選曲ということで言えば、トリオの音源って、7、8年ぐらい前に「渋谷ジャズ維新」のシリーズでジャイルス・ピーターソンがすでにコンパイルしているCDもあり、そういう部分である程度「名盤」「定盤」っていうものが決まっていたんですよね。そういった情報を参考にして私もレコードを買っていましたから。でも実際自分がミックスCDを作るとなったら、既発のコンピには入っていない何か別の音源を絶対入れたいなって。そういう意識はありましたね。

小川:被らないように、っていうね。実は僕も今回そういう意識はあって。7年ぐらい前に、Chari Chariの井上薫さんが「渋谷ジャズ維新」のシリーズでキング音源をコンパイルしたことがあるんですよ。ようは、それとできるだけ重複しないようにはしました。ただ、本多俊之さんの「ラメント」だったり、どうしても被ってしまうような曲もあったりしたんですが。池田芳夫クインテットに関しては、井上さんはたしか別のアルバムからの曲(『風媒花』収録の「ダウン・トゥ・ザ・シー」)を選んでいたんじゃないかな? だから、逆に僕はこちらの『スケッチ・オブ・マイ・ライフ』から選んでみたんですけどね。マンハッタン・フォーカスにしても別の曲を選んでいますしね。

 あと、5年ぐらい前に同じ「渋谷ジャズ維新」のシリーズで、若杉実さんが監修した板橋文夫さんのアンソロジーが出ているんですが、今回僕が選んだ「ラスト・サマー」はたしか収録されていないと思います。だからまぁ、なるべく被らないようにしよう、という意識は正直ありましたね。


(註) 文中に登場する「渋谷ジャズ維新」シリーズの主な作品


ジャイルス・ピーターソン コレクション:Trio Issue 井上薫 コレクション:King Records Issue watarase:板橋文夫アンソロジー
『ジャイルスピーターソン:
Trio Issue』
『井上薫:
King Issue』
『watarase:
板橋文夫アンソロジー』


大塚:今回のコンピにピックアップされたアルバムは、小川さんご自身大体原盤LPでお持ちなのですか? いいなぁ・・・

小川:中にはもちろん持っていないものもありますよ。持っていたとしても、本当のオリジナル盤ではなくて、当時のセカンド・プレスだったり再発盤もあったりはします。

大塚:こうしたコンピが出ることによってオリジナル・アルバムの再発が促進・活性化されたりと、いい流れができますよね。

小川板橋文夫さんの「ラスト・サマー」が収録されている『IMPACT』と、その次の『RED APPLE』という2枚のアルバムが昨年再発されたりもしているので、タイミング的にも申し分ないんじゃないかなと思います。ただ、先日板橋さんとお話する機会があって、そのときにデビュー作の『濤』だけCD化されていないと仰ってましたので、この作品は是非再発したい1枚ですね。


(註) 文中に登場する板橋文夫の作品+@

IMPACT RED APPLE 渡良瀬 こちらの作品は未CD化となります
『IMPACT』
『RED APPLE』
『渡良瀬』
『濤』 (未CD化)


大塚:ずばり核心に迫るような質問なのですが、小川さんにとってキングレコードのジャズ作品の魅力と言いますと?

小川:キングレコードは今年創立80周年ということなんですが、やっぱりジャズに限らずどの作品にしても歴史というものを感じさせますよね。昔のレコード会社ってどこもそうだったんだと思うんですが、ちゃんと自社のレコーディング・スタジオがあったんですよね。今は維持費などの問題なんかもあって手放してしまっているレコード会社も多い中で、キングレコードはスタジオを所有し続けている。そういう部分で、音作りというものに対して昔も今も強いこだわりがあるレーベルだなと。アメリカで言えば、例えばブルーノート、プレスティッジの音に対するこだわりと同じように、音楽を作る環境というのがきちんと整っていたんですよね。

 キングレコードのジャズ部門にもサブ・レーベル、フュージョン系の「エレクトリック・バード」、「パドル・ホイール」、「セブン・シーズ」、「ベルウッド」とか色々あるんですが、その各レーベルにディレクターが就いていて、巧くコントロールしていたそうなんですね。キングレコードに限らず、60〜70年代のレコード会社って現場のディレクターにある程度一任している部分があったようなので、その結果ミュージシャンもかなり自由なことができて、こういったおもしろい作品がどんどん生まれていったんじゃないかなって思います。今回の『Soul Bamboo』なんて、その象徴的な1枚ですよね。猪俣猛さんの「憂 (ブルー)」では加納典明さんが語りで参加していたり。


  (註)キングレコードのサブ・レーベル各種・・・「エレクトリック・バード」は、キングレコードで1977年に「世界に翔ばたくクロスオーバー・サウンドのニュー・レーベル」というキャッチコピーの元に、世界水準を目指して設立された日本屈指のフュージョン・レーベル。折りしもフュージョン・サウンドが全盛となりつつあったジャズ界で、いち早く海外に通用すべきレーベルを立ち上げることが急務となり、名プロデューサー川島重行氏が制作担当に就いた。ギタリストの増尾好秋をはじめ、サックスの本多俊之、ギターの森園勝俊、キーボードの益田幹夫など、次々と新進気鋭のミュージシャンのリーダー作がヒットし、まさに時代のサウンドを築いていった。「セヴン・シーズ」は、1964年にキングレコードの系列音楽出版会社として設立され、当時は洋楽や和製ポップスのレーベルとしてその名を馳せた。「ベルウッド」は1971年に設立されたニューミュージックの元祖とも言えるサブ・レーベルで、小室等、はっぴいえんど、あがた森魚、はちみつぱい、西岡恭蔵、高田渡といった次代を担うロック、フォーク・ロック系の若手アーティストたちがURCから籍を移してきた。


大塚:このLPは「ニュー・エモーショナル・ワーク・シリーズ」からですよね。この曲が入っている『イノセント・カノン』最強です! 「しゃべるとね、自分ブルーになってきてね。しゃべればしゃべるほどね、出せば出すほどね・・・」の加納典明さん!


(註) 「ニュー・エモーショナル・ワーク・シリーズ」のタイトル

こちらの商品は現在お取り扱いしておりません バンブー フルート・アドベンチャー ラブ・ウイル・メイク・ア・ベター・ユー
猪俣猛
『イノセント・カノン』
村岡実
『バンブー』
横田年昭
『フルート・アドベンチャー』
LLL+1
『ラブ・ウイル・メイク・ア・ベター・ユー』
切狂言 ディス・イズ・タイム 5 こちらの商品は現在お取り扱いしておりません こちらの作品は未CD化となります
クニ河内
『切狂言』
タイム 5
『ディス・イズ・タイム 5』
シンガーズ・スリー
『フォリオール U』
リチャード・パイン&カンパニー『コスモス』
(未CD化)


小川:そうなんですよ。そういうおもしろい企画も、当時の自由な空気だからこそ実現したということですよね。あと、キングレコードはブルーノートの版権を持っていた時期が過去にあって、「ブルーノート世界初登場」シリーズという初めてレコード化される音源もリリースしていましたし、「セブン・シーズ」というサブ・レーベルでは、イタリアのCAM(カム)というサントラ・レーベルと提携してその手の音源を出していたり、昔からけっこうおもしろいことを色々やっていたんですよね。

 スタジオを所有しているということは先ほどお話しましたが、そういう部分で音がクリアなんですよ。今回のコンピを周りの人に聴いてもらったんですが、須永(辰緒)さんも「キングってとにかく音がいいんだよね」っておっしゃっていましたからね。

大塚:やっぱり! マスターの保存状態もかなりよかったんでしょうね。

小川:だと思います。あとはなにしろ、その当時の録音技術がかなりよかったんでしょうね。先日鈴木勲さんにインタビューをさせていただいたときに、「音がすごくいいですよね」っていう話になったんですが、鈴木さんが実際「ここはこういう音にしてくれ」ってスタジオ・エンジニアにかなり細かく指示されていたそうなんですよね。鈴木さんはニューヨークにいらした時期があって、そこでルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオで働いていた人物と友達になったそうで。だから、しょっちゅうヴァン・ゲルダーのスタジオに出入りしては、録音技術なんかを色々と教えてもらったんだって、おっしゃっていました。日本だと、メーターの針がレッドゾーンに行かないように録音しているそうなんですけど、向こうではそんなことお構いなしに、むしろ針が振り切れちゃうぐらいがちょうどいいんだっていう(笑)、そんな感じだったそうですよ。そういったことを、日本に帰ってまずエンジニアに伝えていたんですよね。


ルディ・ヴァン・ゲルダー   (註)ルディ・ヴァン・ゲルダー・・・音楽史上で最も重要なレコーディング・エンジニアのひとりであり、歴史的名盤と言われるスタジオ作品も含め、数百のセッションを録音したモダン・ジャズ史における影の功労者。1952年頃からプレスティッジやサヴォイといったニューヨーク近辺のレコード会社から仕事の引き合いがあり、同レーベルのほとんどの録音を手掛けるようになる。54年、ブルーノートのプロデューサーであるアルフレッド・ライオンと出会い、これをきっかけにして彼とブルーノートの密接な関係が築かれることとなった。また61年からは、インパルス! レコードのほとんどの録音も手掛けるようになった。60年代後期からは、クリード・テイラーのCTI レコードのスムーズ・ジャズ〜クロスオーヴァーのプロトタイプとなる一連の作品で、その手腕を揮うようになり、CTIは大きな商業的成功を収めた。ヴァン・ゲルダーは現在も故郷ニュージャージーのイングルウッド・クリフスに住み、レコーディング・エンジニアとして活動している。


 鈴木さんは、 「モンゴリアン・チャント」の少し前ぐらいに「ニュー・ファミリー」っていうご自身のグループを結成しているんですよね。今のOMA SOUNDの原型とも言える、若手を中心としたグループなんですけど、他のレーベルからもその名義で素晴らしいアルバムを何枚か出しています。フライング・ディスクでニュー・ファミリーでの1枚目『ザ・シング』を出していて、RVC傘下のカーニヴァルというサブ・レーベルからも『バンブー・ダンス』を出していましたね。


(註) 文中に登場する鈴木勲のリーダー作品+@

モンゴリアン・チャント こちらの作品は未CD化となります こちらの作品は未CD化となります X
『モンゴリアン・チャント』
『ザ・シング』
(未CD化)
『バンブー・ダンス』
(未CD化)
U.F.O.
『X』


大塚鈴木勲さんは、ものすごく創作活動のレンジが広いと言いますか、もはやジャズの枠だけでは捉えきれないベーシスト・・・というかアーティストですよね。若手の育成にも昔から熱心ですし。

小川:鈴木さんにお話を伺っていると、今もけっこう頻繁にクラブ系の人たちと共演しているようなんですよね。7、8年ぐらい前に、U.F.O.の「no problem」に参加していましたし、最近では、DJ Mitsu the BeatsやDJ Quietstormなんかとイベントでセッションしたり、ヒューマンビートボクサーの櫻井響くんと一緒にやっていたり。あと、これもちょっと前かな? SOIL&”PIMP”SESSIONSのピア二ストの丈青くんがOMA SOUNDにいたこともあったんですよね。

大塚:OMA SOUNDはまさに若手の登竜門的なバンド・・・

小川:若い人たちとやるのがとにかくお好きみたいですね。大塚さんも鈴木さんとお会いしたことがあるんだよね?

大塚:そうなんですよ。3、4年ぐらい前に、櫻井響くんと鈴木さんのライヴに遊びに行って、当時のレコード全部にサインもらったりして(笑)。そうしたら「次のライヴも観に来てよ」って、すごく気さくな方でした。

小川:鈴木さんは、70年代にアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズに在籍したこともあったので、ブレイキーがグループの若手を熱心に育てているのを間近に見ていたんですよね。その影響も大いにあると思いますよ。





小川:大塚さんにとって、キングレコードのジャズ作品の魅力って言うと?

大塚:やっぱり先ほども触れた「ニュー・エモーショナル・ワーク・シリーズ」、あれがとにかく衝撃というか、存在感も楽曲もかっこよくて、いつもチェックしていました。あのシリーズのキングレコードの中での位置づけは、具体的にはどういった感じなんですか?

小川:ちょうど1970年からあのシリーズが始まっているんですよね。村岡実さんの『バンブー』、猪俣猛さんのサウンド・リミテッド、あとは横田年昭さんのビート・ジェネレーションだったり、所謂当時のジャズ・ロックやジャズ・ファンク的な部分、言い換えれば「ジャズの新しいムーヴメント」を引っ張っていった部分にクローズ・アップしたシリーズですよね。

大塚:元々はこうした作品が持つレアグルーヴ的な側面から日本のジャズに親しみはじめた方も多いと思いますが、今でもそういった側面から話題になることがほとんどですか? ある種レアリティにも重点を置いた向きも含めて・・・でも、オリジナルLPはレア盤だから、すごく欲しいけど買えないのが現実・・・(笑)。

小川:「陰と陽」というブレイクビーツ入りの曲が収録されている村岡実さんの『バンブー』のオリジナルLPは、やっぱり今でもオークションなんかでそれなりの値が付いていますよ。3年ぐらい前にCD化されていますけど、それでも変わらず需要が高いということですよね。

 村岡さんは、この『バンブー』のほかにもおもしろい作品がけっこうあって、色々と集めてはいます。ただ基本は純邦楽の人なので、作品によっては純粋な尺八演奏だったり、さらには演歌や軍歌だったりもするので、DJ視点ですべてが使えるわけではないんですけど。でも、その中には実験的なアルバムなんかもあって、現代風にアレンジされているものだとかはかなりおもしろいんですよ。

大塚村岡実さんや、あるいは山本邦山さんのほかに、この時代の尺八奏者でジャズやロックの要素を取り込んでいた方というのは結構いらっしゃったんですか?

小川:ほかに誰かいたかな? 日本人じゃないんですが、ジョン 海山 ネプチューンのようにアメリカから日本に移り住んで活動してるような人もいますけど。ただ、彼の作品は、フュージョンやニュー・エイジ的なテイストがかなり強いので、レアグルーヴ的な部分で語られることはほとんどないんじゃないでしょうか。

大塚:60〜70年代に「純邦楽とジャズの融合」を試みようとしている作品には、ユニークな楽曲がかなり多いですよね。

小川:村岡さんのまた別のアルバムの編曲を手掛けている山屋清さんというアレンジャーの方が、日本の民謡や純邦楽とジャズを結び付けるようなことをけっこうやっていましたね。山屋さんは、美空ひばりさん、江利チエミさん、弘田三枝子さん、あとはシャープス・アンド・フラッツのアレンジなんかも手掛けていた方で、すごく幅広いんですよね。

大塚:この時代は、前田憲男さんなどもアレンジャーとして純邦楽とジャズの融合を頻繁に試みていましたよね。前田さんのクレジットはいつもチェックしてます。

小川:そうですね。あとは鈴木宏昌さんだとか。70年代の初頭ってけっこう多かったんですよね。そこにロックのビートなんかも入ってきたりして。世界的にそういった他ジャンルとのミックスが盛んに行なわれていた時期なんで、日本にも自然とその影響が及んでいったんじゃないでしょうか。

大塚:キングレコードの作品に目を向けると、そうした日本のジャズの変遷を一望できますよね。ちなみに、CTIシリーズには『Soulful Vocals』という“歌モノ編”がありましたが、今回キング音源の中からヴォーカル編をコンパイルしようという案などはあったのですか?

小川:歌唱力などは別にして、やっぱり当時の日本人の発音を含めた英語力なんかを考えると、どうしてもこれだっていうのが選びきれなくて・・・だから純粋なヴォーカル作品というのは残念ながら今回はそれほど選んでいません。もちろん笠井紀美子さんだったり、海外で評価されているシンガーの方もたくさんいますけどね。ただ、スキャットが入っている曲にかなりいいものがあって、池田芳夫クインテットの「ウィスパリング・ウィーズ」という曲がそうなんですが。

大塚:この曲かっこいいですよね。アルバムのジャケットもいいし。

小川:ここでスキャットしているシンガーって、橋本一子さんなんですよ。

大塚:あ、そうなんですね! YMOのサポート参加以前?

小川:参加の2年ぐらい前の録音ですね。ここでの橋本さんのスキャットが日本人離れしているんですよ。スキャットを得意としていたポーランドのウルシュラ・ドゥヂャクや、あるいはフローラ・プリムなんかにも近い。すごい迫力ですよね。それから、この曲には高瀬アキさんもピアノで参加しているんですよ。まだドイツに渡る前。このお二人が共演しているっていうすごく貴重な録音でもあるんですよね。


(註) ウルシュラ・ドゥヂャク、フローラ・プリムの主な作品

Future Talk Live at Jazz Cafe Butterfly Dreams 500 Miles High
Urszula Dudziak
『Future Talk』
Urszula Dudziak
『Live at Jazz Cafe』
Flora Purim
『Butterfly Dreams』
Flora Purim
『500 Miles High』


大塚:サイドメンのクレジットは、隅々まで見ていると意外な名前も見つかったりして、なかなかおもしろいですよね。小川さんの中で「この人の名前があったら迷わず買う」というサイドメンと言いますと。

小川:先ほどから名前の挙がっている猪俣猛さんは見つけたら必ず買うようにはしていますね。それから、村岡実さんの参加作品も大体はチェックしています。あとは、益田幹夫さん、板橋文夫さん、大野俊三さん、村岡建さんといったところですかね。

 例えば、大野さんも村岡さんもジョージ大塚さんとやっていたことがあった。鈴木勲さんはジョージ大塚さんと一緒にグループを結成していた時期があった。さらに、大友義雄さんは板橋文夫さんのグループから出てきた人。という具合に、割と色々なことがつながっていくんですよね。そういうプレイヤーの相関図が見えてくるのもおもしろいですよね。



小川充さん



小川:今回、『Deux Step』の中に松本英彦さんの「かわいい小鳥」という曲を入れたんですよ。そのアルバムがこちらの『モダン・パンチ』。雑誌の「平凡パンチ」とのタイアップ企画で作られたレコードなんですが、読者投票で「ジャズで演奏してほしい曲」っていうのを募集して選ばれたのがここに入っているんですね。ベンチャーズ、ビートルズ、アニマルズ、当時のヒット曲をジャズでやったっていう企画盤です。で、ジャケットのアートワークを、「平凡パンチ」の表紙イラストを描かれていた大橋歩さんが手掛けているんですよ。


モダン・パンチ   (註)「モダン・パンチ For You」・・・「キミのセンスでモダンジャズLPを作ろう!」 雑誌「平凡パンチ」が「当時のヒット・ソングを一流のジャズメンによって録音する」というテーマで読者投票を行ない、その結果に則した内容で1965年キングレコードに録音された企画アルバム。ベンチャーズ、ビートルズ、アニマルズ、ビーチボーイズなど、予想通り(?)当時のエレキブームを反映した選曲となるも、「キャラヴァン」、「枯葉」、「イパネマの娘」などでは、トップ・プレイヤーたちの手練れた演奏が愉しめる。演奏は、猪俣猛とウエストライナーズ、八城一夫トリオ、松本英彦カルテット、白木秀雄クインテットによるもの。94年にWAVEジャズ・クラシックの特典盤として再発されている。また、「平凡パンチ」企画盤としては、64年に、同誌創刊号の表紙に使われた原画がデザインされた「POPS PUNCH」というオールディーズ・コンピレーションも発売されている。


大塚:「VAN」ジャケットが当時ですね〜! 相当マブしいです(笑)。

小川:(笑)そうなんですよ。だから、音楽・ファッションをひっくるめたカルチャーの最先端にジャズがあったと思うんですよね、この60年代当時というのは。さらにジャズ・クラブは不良のたまり場でもあったと思うんですよ。そういう意味では、現在のクラブ・ミュージックと近いものがあるんじゃないかなって思いますね。

大塚:当時のジャズは、歌謡曲やポップスなどの「最先端」の感覚とはまた違ったかっこよさの象徴だったのでしょうか?

小川:まぁ僕もその当時をリアルタイムに知る人間ではないので(笑)、昔の映画や文献でしか知らないことも多々あるんですが、ジャズ・クラブで流れている音楽も、ゴーゴー喫茶やロック喫茶で流れている音楽もさほど大差ないイメージは正直ありますよね。さらに、ジャズを演奏していたり、聴いていたような人はみんな不良だと思われていたらしいですから。

 だから、こういった作品を聴いてると特に、いつの間にかジャズって堅苦しいというか・・・何となく権威のある音楽として扱われるようになってしまったんだなっていう気にさせられてしまうんですよね。






Wax Poetics Japan Compiled Series Deux Step King Of JP Jazz 60's - 70's
King Records × Wax Poetics Japanコラボ企画による「JP Jazz」コンピ第1弾。1960年代の日本のジャズ発展期を中心に、ハード・バップ〜モード・スタイルのモダン・ジャズの名曲をセレクト。白木秀雄、宮沢昭、秋吉敏子、松本英彦、八木正生ら日本のジャズ界を牽引したトップ・スターたちの貴重な作品を15曲収録。ワールドワイドに見ても優れたジャズ・ナンバーであると同時に、日本人ならではのオリジナリティを感じさせる意欲的なこれら作品は、日本のジャズ史の中でも高い評価を得てきた。それに加えて、今回はクラブ・ジャズ・シーンでも脚光を浴びたダンサブルなナンバーを中心とするセレクトにより、「JP Jazz」の新たな魅力を提案。ジャケット写真はエリック・コールマンによるもの。

Wax Poetics Japan Compiled Series Soul Bamboo King Of JP Jazz 70's
King Records×Wax Poetics Japanコラボ企画による「JP Jazz」コンピ第2弾。1970年代前半から中盤、ジャズがロックやファンクと融合した熱い時代から作品をセレクト。これらジャズに実験性とラジカルな精神を持ち込んだ作品は、レア・グルーヴ、スピリチュアル・ジャズ、ブラック・ジャズ的な視点でも注目される。世界中のDJやクリエイターが驚嘆した村岡実の尺八ブレイクビーツ、横田年昭のサイケ&トライバル・グルーヴ、猪俣猛と写真家加納典明の異種格闘コラボ、ジョージ大塚のミニー・リパートン・カヴァー、スキャットの女王伊集加代子が参加したシンガーズ・スリー、初CD化となるリチャード・パインの貴重音源など全11曲収録。ジャケット写真はB+によるもの。

Wax Poetics Japan Compiled Series Mixed Roots King Of JP Jazz 70's - 80's
King Records × Wax Poetics Japanコラボ企画による「JP Jazz」コンピ第3弾。1970年代後半から1980年代前半のフュージョン/クロスオーヴァー時代を中心にセレクト。日米混合プロジェクトマンハッタン・フォーカスほか、大野俊三などによる海外ミュージシャンとの共演作、本田俊之、鈴木勲+山本剛によるメロウなブラジリアン・ジャズ、益田幹夫、村岡建、八木正生がディスコ/ブギーに挑戦したナンバー、池田芳夫によるディープ&スピリチュアルな意欲作、今田勝+弘勢憲二、大友義雄による躍動的なジャズ・サンバ、クラブ・ジャズ・シーンでも人気の板橋文夫の叙情的美曲など全12曲収録。初CD化の貴重音源も多数。ジャケット写真はB+によるもの。
The Piece Of TRIO RECORDS
mixed by hiroko otsuka
国内外・有名無名を問わず、多くの才能豊かなミュージシャンの作品を発表する、まさに和ジャズ音源の最重要宝庫 TRIO RECORDSのオフィシャル・ミックスCD。DJは、現在THE ROOMで行なわれている「CHAMP」を中心に、2010年はFUJI ROCK FESTIVALへの参加も果たしている女性ジャズDJ、大塚広子。2004年以降、都内でのDJ活動と自身のミックスCDの展開から全国的な現場での支持を得て、ワン&オンリーな「黒いJAZZのグルーヴ」を起こすDJとして、その存在を不動のものとしている。そんな彼女によるスピリチュアル・ジャズ〜フリー・ジャズ〜エクスペリメンタル〜和ジャズ/和モノにまで及ぶ、深い漆黒ワールド。大塚広子の現代的解釈で蘇る TRIO RECORDS音源、改めてその奥深さを再認識させられる至極のミックス。



Red Bull Music Academy Session feat. Wax Poetics Japan Compiled Series [King of JP Jazz] Release Party




日時:2010年3月6日(日)18:00〜
渋谷 SARAVAH東京(東京都渋谷区松濤1-29-1-B1)

Red Bull Music Academy Tokyo 2011(以下RBMA)へ向けた、プレ・セッション<Red Bull Music Academy Session>。東京での開催は、音楽評論家・小川充氏が監修・コンパイルを手がけた 『Wax Poetics Japan Compiled Series -King of JP Jazz-』のリリース・パーティとの共同開催!実際のRBMAと同様、世界的に活躍するアーティストを講師として招いてのレクチャー(* こちらはすでに募集定員に達しておりますので、当日の受付はございません。何卒ご了承ください)には、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの一員として活動、セロニアス・モンク、チャールズ・ミンガスをはじめ、数々の伝説的ジャズメンたちとの共演でも知られる、まさに日本が世界に誇るジャズ界のゴッド・ファーザー=鈴木勲が登場! さらに、その後に続くイベントでは、孤高のピアニスト、板橋文夫のソロライブに加え、現在の日本の音楽シーンを代表するDJたちもプレイ。

[Entrance]
¥2,000

<Release Party>
18:00 start
18:00 − 小川充
19:00 − 板橋文夫
19:50 − KZA
20:50 − 鈴木勲 OMA SOUND feat. 大竹重寿(Cro-Magnon)
21:50 − JUZU a.k.a MOOCHY
23:00 − End



profile

小川充
(おがわ みつる)

 音楽評論家・ライターとして雑誌のコラムやCDのライナーノートなどを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』 、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』の他、『クラブ・ミュージック名盤400』がある。また、『DOUBLE STANDARD』『FUSIONISM』『音楽をよむ』『JAZZ SUPREME』『ブリザ・ブラジレイラ』『ブリザ・ブラジレイラ・プリモ』『LATIN DANCE MANIA』『超ハウス・ディスク・ガイド』 『ブルーノート決定盤100』『モンド・ミュージック2001』などにも寄稿。DJ・選曲家としても活動中で、ブルーノートの『ESSENTIAL BLUE - Modern Luxury』、Tru Thoughtsの『Shapes Japan : Sun』などのコンピの監修・選曲も手掛ける他、ユニバーサルミュージックと『Jazz Next Standard』の連動企画でCDリイシュー・シリーズの監修を手掛ける。


profile

大塚広子
(おおつか ひろこ)

 2004年以降、都内でのDJ活動と自身のミックスCDの展開から、全国的な現場での支持を得て、ワン&オンリーな「黒いJAZZのグルーヴ」を起こすDJとして、その存在を不動のものとする。 現在、渋谷 The Roomにて第四金曜日不動の人気イベント「CHAMP」のDJを務め、日本中の様々なパーティーからのゲストオファーが絶えない。 Jazzを切り口としながらもジャンルや年代を超えたBLACKNESS、徹底した掘り、またオリジナルな音源追求が呼び起こす繊細かつ大胆なプレイで、多くの音楽好きを唸らせそして踊らせる。 音楽雑誌「GROOVE」「remix」「ジャズ批評」、FREE MAGAZINE「DESTINATION MAGAZINE」、「waxpoetics japan」 オフィシャルBLOGをはじめ、海外サブカルチャー雑誌でも、レコード紹介や執筆活動を行う。 2010年にはスペインでのDJ招聘、そしてFUJI ROCK FESTIVALの出場経て、益々今後の動向が注目されている。





本文中に登場する日本のジャズ・ジャイアンツ


板橋文夫 板橋文夫
(いたばし ふみお)


1949年、栃木生まれ。70年代前半にプロ活動を開始し、自己のグループのほか、渡辺貞夫、日野皓正、森山威男らのグループで活躍。81年のソロ・ピアノ録音『渡良瀬』をはじめ、76年の初リーダー録音『濤』、79年の『ネイチャー』など、レアグルーヴ世代の和ジャズ・ファンから高い支持を得ている作品も多数。85年にはエルヴィン・ジョーンズのワールド・ツアーに参加。90年代にはアジア、アフリカ、ブラジルにも遠征公演を行なっている。


鈴木勲 鈴木勲
(すずき いさお)


1933年、東京生まれ。1970年、東京自由ヶ丘「ファイブスポット」のハウスバンドとして演奏していた時、アート・ブレイキーに見出されてニューヨークへ単身渡米し、ジャズ・メッセンジャーズの一員として活動。アメリカ全土およびヨーロッパで公演を行ない、その最中にニューヨークの多くのジャズメンたちと共演し、交流を深める。代表アルバムの『ブロー・アップ』や『陽光』は、日本ジャズ賞を受賞している。ベースの他、それぞれの楽器の性格を知る為にセロ、ピアノ、バイブ、フルート、ドラム、ボーカルなど様々な楽器をマスターしている。また、若手の育成にも熱心で、日野元彦、渡辺香津美、秋山一将、井野信義、山本剛、益田幹夫ら数多くのミュージシャンを育て上げている。現在も、鈴木勲 OMA SOUNDの中で若手を育て続けながら、自身の感性を磨き、日々練習を重ねて進化し続けている。


本多俊之 本多俊之
(ほんだ としゆき)


1957年、東京生まれ。大学在学中の1978年に初リーダー・アルバム『バ−ニング・ウェイヴ』を発表。以来、国内外の著名ミュ−ジシャンと多数共演を果たし、日本を代表するサックス奏者のひとりとなった。特にソプラノ・サックスの音色の美しさには定評があり、右に出る者はいない。作・編曲家としても、TVドラマ、CM、映画、クラシック音楽までを手掛ける多才ぶりを発揮。映画「マルサの女」では日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞している。2010年には、CRESCENTEよりハイパー室内楽ユニット=SMILE! としてアルバム「SMILE!」を発表した。


池田芳夫 池田芳夫
(いけだ よしお)


1942年1月1日、大阪生まれ。18歳から大阪交響楽団の前野繁雄氏に師事した後、23歳で上京。ゲイリー・ピーコックに師事。大野雄二、佐藤允彦、渡辺貞夫、菊地雅章、日野皓正、宮沢昭らのグループ、高瀬アキとのデュオ、藤川義明イースタシアオーケストラ、ジャズファクトリーなどを経て、現在は自己のカルテット、ベース・ソロ、その他数多くのミュージシャンとのセッションを中心に精力的に活動を続けている。代表的なリーダー作品に、初のリーダー録音『スケッチ・オブ・マイ・ライフ』、『風媒花』、また、サイドメン参加作品には、日野皓正の『藤』、『ベルリン・ジャズ・フェスティバル』、『ハートマン・ミーツ・日野』、富樫雅彦グループ『スピリチュアル・ネイチャー』などがある。


猪俣猛 猪俣猛
(いのまた たけし)


1936年、兵庫生まれ。16歳でデビューし、20歳で上京。21歳で「スイングジャーナル」誌の新人賞に輝き、「ウエストライナーズ」、「サウンド・リミテッド」、「ザ・サード」、「フォース」など数々のバンド・リーダーを務める。国外では、1994年に「ジャパン・ジャスト・ジャズ・オールスターズ」を率いてニューヨーク公演を行ない、日本人としては初となる念願のカーネギーホール公演を成功させ、またアポロシアターなどでも大喝采を浴びた。1995年度、ジャズ界で個人に与える最高の栄誉「南里文雄賞」を受賞。現在、コンサート活動にますます力を注いでいる。昨今『サウンド・オブ・サウンド・リミテッド』、『イノセント・カノン』といったアルバムが日本のジャズ・ロックの最高峰作品として高い評価を受けている。


村岡実 村岡実
(むらおか みのる)


1923年、宮崎生まれ。民謡尺八を故・菊池淡水師に、古典尺八を都山流に学び、59年より”奏法の現代化”に専念し、プロとして幅広く尺八音楽の開拓を行ないはじめる。62年から64年まで横山勝也、宮田耕八朗とトリオを結成。その後、尺八の大衆化の徹底を図るため、フリーとなり歌謡曲、ポピュラー、ジャズなどの世界に進出。「柔」、「おやじの海」、「与作」などのヒット歌謡の伴奏で脚光を浴びた。67年、コロムビアより発表した尺八界初のポピュラー・ジャズ『ハーレムノクターン』がニューヨークでも好評を博した。70年に和楽器中心のグループ、ニュー・ディメンションを結成し、『バンブー』、『恐山』といった和ジャズ・ロックの傑作アルバムを残している。74年にはフルート奏者ハービーマンとアルバムを制作、75〜78年にはレオン・ラッセルとのレコーディングやオデッタとのステージ共演、またヘレン・メリルから南こうせつに至るまで広範囲の伴奏者として活躍した。99年より「生涯現役」を全うすべく故郷・宮崎県に移り住み、現在に至るまで精力的な演奏活動を展開している。


山本邦山 山本邦山
(やまもと ほうざん)


1937年、滋賀生まれ。父である初代・山本邦山に尺八の手ほどきを受け、9歳から中西蝶山に尺八を師事。58年、パリ・ユネスコ本部主催世界民族音楽祭に日本代表として参加。60年代に入ると、原信夫とシャープス・アンド・フラッツ、宮間利之といったジャズメンとレコーディングを通じて交流を深め、70年には、菊地雅章、ゲイリー・ピーコック、村上寛との『銀界』、75年には、前田憲男、荒川康男、猪俣猛との『竹の組曲』という ”純邦楽とジャズの融合” を如実に顕した傑作を発表。その後も佐藤允彦、富樫雅彦、山下洋輔らとの共演によりジャズ界においてもその名を広く知らしめた。02年に津山流尺八の重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受け、04年には紫綬褒章を受章している。


ジョン 海山 ネプチューン ジョン 海山 ネプチューン
(じょん かいざん ねぷちゅーん)


1951年、カリフォルニア州オークランド生まれ。高校時代にトランペットを吹き、その後ロック・バンドでドラムスを叩いていたが、ハワイ大学民族音楽科入学後に尺八と出会う。73年、尺八の勉強のため京都に短期留学。民族音楽の学位を修めるべく一旦ホノルルに戻ったが、卒業後の77年にあらためて京都に居を移した。その後、尺八都山流師範免許と共に雅号「海山」を授与される。 以来、出世作となった第三作『バンブー(竹)』をはじめ、様々な現代音楽の要素と尺八を結び付けた作品を発表。また、『バンブー(竹)』は、ジャズ・アルバム、さらには外国人アーティストとしては初の快挙となる文化庁の昭和55年度芸術祭優秀賞を獲得している。フュージョン色が強い作品『ミックスト・バッグ』、『ウェスト・オブ・サムウェア』が昨今人気。


横田年昭 横田年昭
(よこた としあき)


1944年、東京生まれ。猪俣猛とサウンド・リミテッドのフルート奏者として活動するなど、日本のジャズ・フルーティストの草分け的存在。60年代後半には、自己のグループ、ビート・ジェネレーションや原始共同体を結成し、独創的なジャズ・サウンドを展開した。現在も日本太鼓との共演や、琴、三味線、尺八を駆使するなど幅広い活動を続けている。


山屋清 山屋清
(やまや きよし)


1932年、東京生まれ。高浜哲郎とエスカイヤ・キャッツ、山本広道とシャンペン・セレナード、鍋島靖起とリズムメイツなどを経て、53年に自己のグループ、ファイン・ダンディーズを結成。55年にバンド名をフォー・エイセンに改称。解散後の57年〜60年には、シャープス・アンド・フラッツでバリトン・サックス奏者として活躍。退団後は多くの作・編曲をシャープスなどのビッグバンドに提供した。また、59年4月に、前田憲男、三保敬太郎と「モダンジャズ3人の会」を結成し、日本ジャズの作・編曲のレベル向上・発展に多大な貢献を果たした。東京ユニオンのリーダー務めるなどした後、フリーの作・編曲家として、江利チエミ、美空ひばりのスタンダード・ジャズ・アルバム、弘田三枝子らの編曲、同時にジャニーズなどポップスの編曲や膨大な数のイージーリスニング作品の制作に関わっている。65年にはレコード大賞の編曲賞を受賞。


美空ひばり 美空ひばり
(みそら ひばり)


1937年、神奈川生まれ。戦後のラジオや歌謡番組、主演映画で大人顔負けの表現力豊かな歌声を披露し、天才歌手として、また天才子役としてデビューした彼女の存在は、まさに日本の戦後そのものであった。歌手としての経歴は、10代の天才歌手時代、20代後半からの圧倒的な説得力をもつ唄声、そして30代後半の円熟し枯れた味わいを感じさせる唄声の3期に大分されると言われている。彼女はまた演歌の女王の名を欲しいままにしたが、特定のジャンルに留まらない幅広い表現力と歌唱力を兼ね揃えていたことでも人気が高い。デビュー曲がブギウギであり、一時期はジャズを歌い、「真っ赤な太陽」に代表されるポップスもヒットさせている。ジャズ作品としては、コロムビアレコードに『ジャズ&スタンダ―ド』、『ひばりジャズを歌う 〜ナット キング コールをしのんで』、原信夫とシャープス・アンド・フラッツが伴奏を担当する『ひばりとシャープ: 虹の彼方』などが残されている。


江利チエミ 江利チエミ
(えり ちえみ)


1937年、東京生まれ。12歳の頃から進駐軍のキャンプなどでジャズを歌い、52年にキングレコードから「テネシーワルツ / 家へおいでよ」でレコードデビューを果たす。以降、美空ひばり、雪村いづみとともに「三人娘」と呼ばれ一世を風靡。ジャズ・ポップスを皮切りに、東京キューバン・ボーイズとのコラボレーションによる『チエミの民謡』や、ミュージカル、ポップス、演歌と幅広い楽曲をこなすレパートリーの広さにも定評があった。高倉健と結婚した絶頂期の59年には中村八大(p)、見砂直照とキューバン・ボーイズをバックにワイルドに歌い上げる『チエミのスタンダード・アルバム』を発表。60年代に入ると、彼女のジャズの師匠であるカール・ジョーンズ(vo)とのデュエット作品『江利チエミとカール・ジョーンズ』、『クレイジー・リズム』を立て続けに録音している。この師弟関係デュオは、81年、彼女の生前最後のアルバムとなった『ナイス・トゥー・ミート・ユー!』で共演が実現された。


弘田三枝子 弘田三枝子
(ひろた みえこ)


1947年、東京生まれ。ヘレン・シャピロのカヴァー「子供ぢゃないの」でデビュー以来、ニール・セダカ、ポール・アンカなどアメリカのポップス・カヴァーを中心に数多くのシングル・ヒットを飛ばした、愛称MICO(ミコ)。65年には、日本人として初めてニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに参加し、ビリー・テイラー・トリオをバックに堂々たるステージを披露した。これを機にジャズの世界に傾倒。以降は、ヒット・ポップ歌手とは別にジャズ・シンガーとしてのキャリアも築き上げていき、そのパンチの効いた歌声で「ポップスの女王」、さらには「日本を代表するスタンダード・ジャズ・シンガー」としての称賛を欲しいままにしていった。一時低迷するも、69年に「人形の家」の大ヒットで見事カムバックを果たし、レコード大賞歌唱賞も受賞。現在も衰えることのないパンチの効いた歌声で、ポップス、ジャズ、CMソングなど幅広い活躍を続けている。


原信夫とシャープス・アンド・フラッツ 原信夫
(はら のぶお)


1926年、富山生まれ。海軍軍楽隊で音楽を学び、戦後プロ・デビューし、51年弱冠25歳にしてオーナー・リーダーのビッグバンド、原信夫とシャープス・アンド・フラッツを結成。日本を代表するビッグバンドとなった67年には、アメリカ・ニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演し大成功を収めている。膨大な量のリーダー・アルバムを発表する傍ら、美空ひばりの「真っ赤な太陽」など作曲家としてもその名を馳せ、また数々の大物歌手のバックも務めている。長年にわたる日本の音楽文化への貢献が高く評価され、88年に紫綬褒章、98年には勲四等旭日小授賞を叙勲している。シャープスの結成57周年となる08年、音楽界の第一線を退くことを明らかにし、同年秋からファイナル・コンサート・ツアーを行ない、2010年2月11日のコンサートを最後に音楽活動に終止符を打った。


前田憲男 前田憲男
(まえだ のりお)


1934年、大阪生まれ。55年に上京し、沢田俊吾とダブルビーツ、ビッグバンドの名門ウエストライナーズに在籍。この頃からピアニストとしての評価は高かったが、徐々にアレンジャーとしての才能を発揮し、国内のジャズ、ポピュラー・シンガーのステージ、レコーディング、TV番組などの幅広い分野で活躍するようになる。75年からNTV番組にレギュラー出演し、大橋巨泉とユニークなトークを展開し、人気を博した。その後もTBS「サウンドインS」の音楽監督をはじめ、「ミュージックフェア」、「題名のない音楽会」などの音楽を担当し、今日に至るまで第一線で活躍中。80年には、日本最高のジャズメンを集めたウインドブレイカーズを結成するほか、羽田健太郎、佐藤允彦の3人によるトリプルピアノでの演奏活動、東京フィルハーモニーオーケストラを指揮するシンフォニック・ポップスコンサートなど多岐に亘る活動を展開し、国内外の高い評価を得ている。


鈴木宏昌 鈴木宏昌
(すずき ひろまさ)


1940年、東京生まれ。60年代初頭、大学在学中にジョージ川口とビッグ4+1に加入し、プロとしての活動を開始。国内の有名ミュージシャンと数々の共演を行なった後、日野皓正のコンボに参加し、『ハイノロジー』などでアレンジャーとしての才覚を顕す。自らの愛称「コルゲン」を冠したリーダー・グループ、コルゲン・バンドを結成。このグループは後のザ・プレイヤーズの原型となる。70年代には、RCA/ビクターの「ロック・ジョイント・シリーズ」に、『ふることふみ』、『シルクロード』といった幽玄でオリエンタルなジャズ・ロック作品、またコロムビアには稲垣次郎とビッグ・ソウル・メディアとのコラボレーションで『バイ・ザ・レッド・ストリーム』というコンセプト・アルバムを残している。


笠井紀美子 笠井紀美子
(かさい きみこ)


1945年、京都生まれ。大学中退後の64年上京。横内章次、大沢保郎、世良譲のグループなどに参加し、スタンダード・ナンバーを数多く吹き込んでいる。70年代に入ると当時流行したフュージョン、AORのエッセンスをふんだんに取り入れた作品を多数発表し、70年代日本におけるジャズ・ヴォーカルの女王の名を欲しいままにした。この時期の代表作には、ギル・エヴァンス・オーケストラとのスタンダード・アルバム『サテン・ドール』、テオ・マセロ・プロデュースによる『マイ・ラヴ』、全曲日本語歌詞のオリジナルとなる『TOKYO SPECIAL』、L.A.に拠点を移し、ハービー・ハンコックと吹き込んだ ”レアグルーヴの代名詞” 盤『バタフライ』などがある。


橋本一子 橋本一子
(はしもと いちこ)


1952年、神戸生まれ。80年、YMO 『テクノポリス2000-20』へのゲスト参加をはじめ、高橋悠治、高橋アキ、渡辺香津美、山下洋輔、サムルノリ、菊地成孔、手塚眞、岡野玲子、ハン・ベニング、イレーネ・シュバイツァーなど、現在に至るまで国内外の多彩なアーティストとノンジャンルに共演を重ねる。ベルリン・ジャズ・フェスティバル、ニューヨークの「スウィート・ベイジル」への出演がヨーロッパ、アメリカなどでも高い評価を受け、カテゴライズされない独自の世界を持ちながら常に音楽界の先端を走り続けている。81年の『Colored Music』から2009年発表の最近作『Arc'd-X』まで、22枚のリーダー・アルバムを発表。2006年には、藤本敦夫、井野信義らとの”Future Trio”、Ub−X(ユービクス)を結成し、ハイブリッドなピアノトリオに彼女の摩訶不思議なヴォーカルが絡む唯一無二の未来的サウンドを表出させている。


高瀬アキ 高瀬アキ
(たかせ あき)


1948年、大阪生まれ。大学卒業後に山下洋輔に師事し、71年に大友義雄グループでプロ・デビュー。向井滋春、土岐英史、大友義雄らとリハーサル・ビッグバンド=SMCを結成して活動。以後、自己のグループ、安田南の伴奏、吉田憲司グループを経て渡米。76年の帰国後以降一気にアヴァンギャルド色を強め、多くの人を驚かせた。79年には自己のトリオでファースト・アルバム『AKI』を発表している。1987年よりベルリンに在住。現在もヨーロッパを中心にジャズ〜即興音楽シーンで国際的に活躍。「アメリカの秋吉敏子、ヨーロッパの高瀬アキ」と国際的評価を受けている数少ない音楽家のひとり。


益田幹夫 益田幹夫
(ますだ みきお)


1949年、大阪生まれ。17歳で音楽活動を始め、19歳で上京。71年に鈴木勲、72年に日野皓正グループに参加。74年初リーダー作『トレース』をイーストウインドから発表。同年渡米し、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズなどに参加。75年の帰国後は自己のグループのほか、渡辺貞夫クインテットに参加している。80年代は自己のグループを中心に活動していたが、90年頃から病気のため一線を退くも、96年にロン・カーター(b)、ルイス・ナッシュ(ds)とのトリオで吹き込んだ『黒水仙』にて見事シーン復帰を果たし、同作は文化庁芸術作品賞を受賞した。


大野俊三 大野俊三
(おおの しゅんぞう)


1949年、岐阜生まれ。海老原啓一郎のロブスターズ、猪俣猛サウンド・リミテッド、稲垣次郎のビッグ・ソウル・メディア、ジョージ大塚クインテットなど錚々たるグループで活躍。74年にはアート・ブレイキーの誘いでニューヨークへ渡り、ブレイキーやロイ・ヘインズとの共演の後、ノーマン・コナーズのダンス・オブ・マジックに参加。ノーマンのミリオンセラー・アルバム『You Are My Starship』では「バブルス」の作・編曲を任された。75年には、レジー・ルーカス、セドリック・ローソンら現地ニューヨークの精鋭をバックに録音した『サムシングス・カミング』を発表している。また、マチート&アフロ・キューバンズの一員としてアメリカ国内はもとより、欧州や南米ツアーにも参加。大野のソロをフィーチャーしたアルバム『Machito & His Salsa Big Band』は、84年度のグラミー賞に輝いた。83年から参加しているギル・エヴァンス・オーケストラでは、アルバム『Live at Sweet Basil』で2度目のグラミー賞を獲得している。


村岡建 村岡建
(むらおか たける)


1941年、東京生まれ。59年、大学卒業とほぼ同時にジョージ川口BIG4+1にスカウトされてプロ・デビュー。翌60年には五十嵐武要クインテットに加入したのを機にクラリネットからテナー・サックスに転向。64年には白木秀雄クインテットに参加し、翌65年10月にベルリン・ジャズ・フェステイバルに出演した。その後、沢田駿吾、菊地=日野クインテット、日野皓正クインテットで70年頃まで活躍し、日野と村岡の強力2管フロントラインは、日本ジャズ史に残る名クインテットとなり、「ヒノテル・ブーム」と呼ばれる社会現象まで引き起こした。また、69年には石川晶とカウント・バッファローズにも参加し、ジャズ・ロックの名演を多く残している。70年、菊地雅章らとのカルテットで初リーダー作『Takeru』を発表している。


大友義雄 大友義雄
(おおとも よしお)


1947年、東京生まれ。日大芸術学部音楽科入学と同時に当時先輩だったクラリネットの花岡英二と知り合い、ジャズの演奏を本格的に開始。後に板橋文夫のクインテットに参加してデビューを果たした。60年代半ばに自己のグループを結成。有能な若手ミュージシャンを見極める眼力は有名だった。渡辺文男、古沢良治郎らのグループへの参加を経た後、74年には土岐英史と共演した『ラバー・マン』でスリー・ブラインド・マイスよりレコード・デビュー。さらに同年、水橋孝グループでフィーチャリングされた歴史的傑作との誉れも高いライヴ盤『男が女を愛する時』、翌年の初リーダー作『オー・フレンズ!』によってアルト奏者としての地位を築いていった。


ジョージ大塚 ジョージ大塚
(じょーじ おおつか)


1937年、東京生まれ。50年代末に渡辺貞夫率いるコージー・カルテットで本格的にプロ活動を開始。61〜64年までは、松本英彦のカルテットに参加。先鋭的なビート感で、その後もサイドマンとして引っ張りだことなる。65年には、市川秀男らと自己トリオを結成。『ページ』シリーズは、ジャズ・ディスク大賞に輝くなど各方面から高い評価を得た。また、後進の指導にも熱心で、市川をはじめ、大野俊三(tp)、植松孝夫(sax)、本多俊之(sax)、水橋孝(b)、辛島文雄(p)らジョージの下から巣立ったミュージシャンは多い。


松本英彦 松本英彦
(まつもと ひでひこ)


1926年、岡山生まれ。高校生の時、米軍キャンプでテナー・サックスの演奏のアルバイトをしている際に、愛称の”スリーピー”をもらう。渡辺晋とシックス・ジョーズを経て、ジョージ川口、中村八大、小野満とビック・フォーを結成。第一次ジャズ・ブームを巻き起こす。59年には、白木秀雄クインテットに参加し、63年のモントレー・ジャズ・フェスティバルで日本人として初めてとなる単独出演を果たす。2000年死去。