「女流三昧」
2010年11月1日 (月)
連載 許光俊の言いたい放題 第186回「女流三昧」
ようやく涼しい秋となった。と思う間もなく、冬の気配がすぐそこに感じられる。例年秋はなぜか忙しいのだが、今年はそれにしても異常で、とりあえず1冊分の原稿を完成させ、ほっとしているところである。あ、考えてみたら、書名をまだ決めていなかった。
9月には、初めてルツェルンの音楽祭に行き、酷暑の日本より一足早い秋を楽しんで来た。この地名を聞くと昔からの愛好家ならフルトヴェングラー晩年の第9を思い出すだろうが、昨今はザルツブルク音楽祭にも負けないゴージャスな内容で勝負しているようである。しかもチケットの値段も高い。私はムターのリサイタルと、サロネン指揮フィルハーモニア管のコンサート3つに出かけたのだが、この円高でもなんと東京と同じかもっと高いくらい。
とはいえ、湖畔のホテルに泊まり、そこから毎日夕方になるとバスに揺られてホールを訪れるというのはいかにも休暇といった気分で悪くなかった。ホールは昨今よくありがちなモダンな建物で音はまあまあ。いつでもあれこれ文句を言っているけれど、やはりサントリーホールは現代のホールとしては傑作に数えられるだろう。
日本公演に行きそびれたムターは、ここでも同様にブラームスのソナタ3つを並べたプログラム。例によって弱音、微細音を多用する超デリケート演奏で、私はこういうタイプは大好きなので、堪能した。特に第1番が官能的でたまらない。私がアラブの王様だったら、雇って寝室で弾いてもらうことにするだろう。残念ながらそれは無理なので、CDで我慢。
これまた残念ながら今秋の来日が吹っ飛んだサロネンは絶好調で、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」では、終曲の清冽な抒情美がいまだに耳から消えない(この曲、かつてはベルリン・フィルとのCDも出ていたが、よかった)。ワーグナーの「トリスタン」全曲(演奏会形式と言いながら、事実上はオペラ上演)もまるでドビュッシーのような美しさ。第3幕は「ペレアス」みたい。やはり現代においてはズバ抜けた指揮者である。日本にも持ってきたパリ・オペラの「トリスタン」はプレミエはもともとサロネン指揮だった。それも当然、やはり現代風の映像とマッチするのはさらっときれいな彼の演奏なのである。
前回からだいぶ時間があいてしまったので、書きたい材料はいろいろあるのだが、とりあえずは―
最近大手レーベルが発売するCDを見ると、美女ばかりである。そりゃ、男からすれば美女が演奏しているほうがいいに決まっているが、ちょっと度を超していないかと思うのは私ばかりではないだろう。しかも、プロモーション活動のたまものなのか、そんな演奏家が世界各地の主要ホール、オーケストラに出演している。どこもかしこも不景気だから、お客が入りそうなチャンスには貪欲に違いない。理解はできるが、ちょっとなあという感じである。
そんな中、昔から堅実に存在感を示してきたアンヌ・ケフェレックのショパン集が目についた。ワルツ、マズルカ、ノクターンなど数分の曲を集めたアルバムだ。この人、ラ・フォル・ジュルネの常連になっていて、日本でもしょっちゅう弾いている。
昔からの女流イメージに沿った、一線を守った上品なショパンである。こういうカッチリと冷たい感じは、近頃あまり耳にしないのではないだろうか。ファジル・サイとか各種古楽器団体とか、演奏者の体温がそのままじかに伝わってくるような演奏も目立つだけに、かえって新鮮な感じがした。
ケフェレックよりはるかに若い世代、高柳未来の「マンドリン・レボリューション」なるアルバムは、現代っ子(死語)ならではの屈託のない音楽が聴ける。だいたいマンドリンという楽器は、少なくとも私にとってはふだん聴く機会がまったくないのだが、ベートーヴェンのソナチネなど、若い娘がケラケラと笑っているような演奏でほほえましく思った。あ、私、もうおじさん?
このアルバムには、なんと詩人、萩原朔太郎の曲が入っているのが貴重だ。若いときにマンドリンに熱中していたころの作品だという。それ以外にも斎藤秀雄、成田為三といった作曲家がベートーヴェンやパガニーニなどとともに並んでいる。マニアックな選曲だ。
女流と言えば最近あちこちで話題になるヴァイオリニスト、コパチンスカヤの「ラプソディア」という1枚は、最初の曲からして頭のネジが飛んでいる。エネスコの「ルーマニア狂詩曲」にも登場するメロディの曲なのだけれど、ひょー、こうやってやるのが本道なのかと目から鱗が落ちること間違いなし。それもそのはず、コパチンスカヤの父親は有名なツィンバロン奏者なのだという。彼女の奔放な演奏は、生まれたときからの筋金入りなのだ。
そういえば、この人、スイスの税関で「あんたがこんな高価なヴァイオリンを持っているはずがない」と楽器を没収されそうになったという。それだけ見かけが怪しかったのだろうか。しかし、そんなものまでいちいちチェックするスイス、さすが恐るべし。ユダヤ人だったショルティは戦争中、スイスのある家に匿われて潜んでいたというが、どれほど怖かったことだろう。
そうそう、ソプラノだから女性で当然なのだが、11月13日には蔵野蘭子の主演で、プーランクの「声」が演奏される。井上喜椎指揮のジャパン・シンフォニアがバックだ。プログラム前半には「アルルの女」が置かれている。井上はケーゲルの演奏も知っているだけにいったいどうなるか。もしかして、異常に遅いスケール極大演奏になるのか? 興味津々だ。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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