「ラトルとバルビゼ」
2010年9月10日 (金)
連載 許光俊の言いたい放題 第185回「ラトルとバルビゼ」
暑い。ひたすら暑い。ただでさえ暑さに弱い私にとっては、不愉快きわまりない日々が続いている。ついさっき女子高生たちが会話に興じながら歩いているのを見かけたが、強烈な太陽の下、楽しそうにしている姿を見て、異星人かと思った。
そんな中で聴いたCDをいくつか。
ラトルとベルリン・フィルの「くるみわり人形」は、彼らの現在の好調ぶりをよく示す立派な演奏だ。オーケストラは繊細なアンサンブルを見せるかと思うと、ドラマティックな部分では思い切り暴れる(でも粗くない)。余裕しゃくしゃくだが、その余裕にあぐらをかいていないのがいい。どのパートも巧いが、スタンドプレーを見せたがる輩がいないのもいい。自由と規律のバランスが取れている。こんな締まった演奏ができるなんて、アバドには気の毒だが、彼の時代にはまったく想像もできなかった。
さらに、単に音楽的に立派というだけでなく、各場面が目に浮かぶような生き生きした表情も魅力的だ。その点では舞台音楽の王道を行く演奏である。特に第1幕第8曲の深い情感には驚いた。音だけが壮大なのではない。しかも壮大になればなるほど悲しみが増すという、まさにチャイコフスキーならではの音楽になっている。これまでラトルもベルリン・フィルも、べらぼうに巧くはあるのだが、内面性には欠けるのが常だったと言っていい。しかし、どうやら、お互い小手調べの時期が終わり、成熟期に入ったのではないだろうか。
もちろん、「アラビアの踊り」ではチェリビダッケの幻想的な美しさが忘れられないとか、「雪のワルツ」はレーグナーのほうが詩情に富むのではないかと個々の曲についてはあれこれ言える。とはいえ、総合点は非常に高い。ちなみにラトル盤の「雪のワルツ」ではリベラという少年合唱団をわざわざ別録音して重ねているが、まったく無意味である。単にアーアーやっているだけの鈍感な歌で、私は無性に腹が立った。やはりここは遠い別世界から聞こえてくるという感じがしないとダメだ。こんな無機質な音なら、今どきシンセサイザーでも作れるだろう。もっと音楽的実質があるアイディアを考えてほしいものだ。
このコラムでピアニスト青柳いづみこの本を紹介したことがある。青柳がマルセイユ音楽院で師事したのが、ピエール・バルビゼというピアニストで、長年音楽院長を務めていた。
この人の2枚組のソロアルバムが出たので興味深く聴いた。結論から言えば、いかにもフランスの音楽家である。フランスと言うと、普通イメージされるのは神経質なまでに繊細な美しさ。だが、それは外国人が抱く勝手なイメージでしかない。この人は、フランス人のもう一つの面、つまり、何事も上機嫌に楽しんでしまおうというたくましい人生哲学を音楽化したようなピアノを弾くのだ。たとえばシューマンの「謝肉祭」。いわゆるシューマンらしい鈍くさい、失礼、マジメで重々しい気配は希薄だ。いきなり「さあさあ、おもしろいものが始まりますよ!」というにぎにぎしい開始なのである。第2曲はまじめぶって始まるが、すぐに洒落のめすかのような茶々が入る。コンサートでなら聴衆の笑いを誘うことだろう。その一方で、時には思いのほか繊細な表情も見せる。悲しみもわかっていて、あえて明るくふるまっているのであって、若者がバカ騒ぎをやっているのとは訳が違うのである。
ふまじめさとまじめ、悲しみと笑いの大胆かつ複雑な混じり具合。巧みな話術に翻弄される。たぶん日本の音楽家、いや、非ヨーロッパの音楽家からはもっとも遠い演奏スタイルに違いない。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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