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「アンセルメにメロメロ」

2010年6月21日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第180回

「アンセルメにメロメロ」

 この6月は、サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団と、ハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団のコンサートを楽しんだ。前者のシベリウス交響曲第2番は、最後、(音量ではなく)音楽が空間的に膨らんでいく様子にかのチェリビダッケを思い出させられ、ギクリとした。後者ではアンコールの「愛の死」(「トリスタンとイゾルデ」)が、冷たくも艶めかしい美しさで聴きものだった。
 ところで、不景気を反映して来日が減ったと言われている海外オーケストラだが、来秋はアーノンクールが手兵と来て大作を続けて指揮するほかにも、ウィーン・フィルやらクリーヴランド管やら、少なくない出費を強いる公演が続く。
 何が何でも聴くべきは、「最後の来日」と宣伝中で明言されているアーノンクールだろう。「ロ短調ミサ」「天地創造」、どちらも大いに期待されるが、声楽作品の場合、サントリーホールの舞台脇席がデッドゾーンとなってしまうのがあまりにも痛い。奮発してS席かA席を買うか、あるいは独唱者は完全無視し、横からの至近距離でアーノンクールと演奏者の仕事ぶりを見るか。大いに悩ましい。
 ウィーン・フィルのほうは小澤征爾の代役ということで、サロネンとネルソンスが来日する。サロネンのマーラー9番は、私はフィルハーモニア管とスカラ・フィルで聴いたけれど、ストラヴィンスキー風でおもしろい。この指揮者に最高に似合った曲では絶対にないが、スカラとやったフィナーレの陶酔美は極上だった。ウィーン・フィルとはどうなるか、行かないわけにはいくまい。ブルックナーの第6番、これもフィルハーモニア管で昨年聴いたところ、バルトークみたいでおもしろかった。どちらの曲にしても、演奏のよしあしは別にして、普通のマーラーやブルックナーが好きな人にとってはどうかなという気がする。
 ネルソンスはたまたまこの前ベルリンでシュターツカペレの定期演奏会に出演しているのを聴いた。例のアイスランドの火山爆発のせいでベルリンで足止めを食らったので、とりあえず何でもいいからコンサートに出かけるしかなかったのである。何の先入観も知識もなく聴いたのだけれど、私にとっては別にどうでもいい指揮者だった。まあ、誰にでも好きずきがあるでしょう、大きな男がハデな動きで指揮をする姿を見るのが好きな人にはいいだろう。ベルリンの観客には大いに受けていた。私はもういいや。これ以上の詳細は、次の「クラシック・スナイパー」にでも書こう。
 いずれにしても、チケットが3万円を超える公演ばかりである。ちょっとした好奇心で行くには高すぎる。ちなみに、サロネンもハーディングもアーノンクールも、私はみな自腹でチケットを買った。(サロネンが振るほうの)ウィーン・フィルは行こうかと思うが、もちろん自分で買う。シビアになって当然なのである。

 ところで、最近大いに驚かされたCDがあった。何とかつての超スタンダード名盤、アンセルメ指揮のチャイコフスキーのバレエだ。むろんかつて何度も聴いた演奏だが、今回約20年ぶりで聴いた。
 昔は、色彩的なオーケストラ曲の名演奏というと、とかく名前が挙がったのがアンセルメ指揮スイス・ロマンド管の録音だった。特に、チャイコフスキーの三大バレエは世評が高かった。
 だが一方で、彼らの生演奏はたいしたことがなく、録音のおかげでよく聞こえるだけという意見もあった。何しろ、デュトワとモントリオール響が登場したとき、今度もアンセルメのときと同じく、録音のおかげで得をしているだけと断言した評論家もいたほどだ(で、レコード会社がひどく怒ったと聞いている)。
 アンセルメとスイス・ロマンドのナマを聴いていない私としては、このあたりについて本当はどうだったか語ることはできないが、少なくともCD化されたチャイコフスキーのバレエは、信じがたくすばらしいのだ。なるほど、オーケストラはテクニック的には完璧ではない。だが、それが気にならなくなるくらい味があるのだ。冴えた原色のような色彩、弦の粋な歌い方、跳ねるリズム、生気あるスピード感。そして特に見事なのが、劇に則した表情の変化の多彩さ、鮮やかさ。うっとりするようなやさしさ、荒っぽい疾走、管楽器のおもしろい響き・・・表現のパレットが豊富なのだ。これこそ舞台のための音楽にふさわしい。「くるみ割り人形」の最初の数曲を聴けば、こういうのをいい音楽だと呼ぶのだと悟ることができよう。こんなに楽しそうにしかも俗っぽくなく「くるみわり人形」を演奏できる指揮者やオーケストラが今どこにあるか。こういう言い方は本来嫌いなのだが、現代の演奏とは芸格が違うと評すほかない。
 「白鳥の湖」は、明るく、ゴージャスで、華麗。ワルツがごく当たり前のようにきれいに弾けてしまっているのが、今日の人工的・意識的な演奏に慣れている耳にはかえって新鮮かつ感動的。そんなに昔のことは肌で知らないけれど、1960年代まではこういう優雅さがヨーロッパの各地に存在していたのだろうか。そういえば、昔は「おフランス」という揶揄もあったっけ。今パリに行ったところで、そう揶揄されるような感覚はあまり見つからないかもしれない。そんなことをつらつらと考えさせられる。
 たとえば、トランペットは、技術的には現代の世界最高峰の楽団に及ばない。にもかかわらずまさしく祝祭的な輝かしい表情をしている。表面的なテクニックではなく音楽性。こういうと月並みな批判のようだが、これこそ現代の演奏家に欠けているものなのである。1枚目のトラック12は、私が猛烈に嫌っている曲で、クルクル踊る伴奏のための音楽なのだが、思いがけずきれいに聞こえたのが意外だった。音楽が生きるも死ぬも演奏家次第だと痛感させられる。
 迫力という点でも、ロシア勢のような重量級でないと我慢できないというのでなければ、充分以上だ。音質は半世紀前とは思えないほどで、とても生々しい。とにかく騙されたと思って聴いてみてください。こんなセットに遭遇すると、CDはなんて安いのだろうと思う。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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