作家・中村航さんインタビュー
2010年4月20日 (火)

やさしい目線で、物語を作り上げている中村航さん。最新刊『あのときはじまったことのすべて』は、中学の同級生と10年ぶりに再会することから、物語は動き始めていきます。よみがえる中学時代の思い出、同級生のこと、修学旅行での出来事・・・。
気がつくと、実感をともなって物事や世界を知った時の、自分の中の景色が開けていくような感覚を、主人公の岡田くんとともに丸ごと味わっていました。思い出の過去も、今も、すべてがいとおしく思えてくる小説です。
小説としては8作目となる『あのとき始まったことのすべて』について中村航さんにお話を伺いました。
小説を書く前は、バンドをされていた中村さんの作品には、音楽がよく登場します。おすすめのCDも教えていただきました!
- --- 前作『僕の好きな人が、よく眠れますように』から、今回の最新作『あのとき始まったことのすべて』までの道のりをお聞かせ下さい。
-
毎月書く連載というのは実は初めてだったんです。
次に何を書こうか、ということはいつも考えていて、「再会」の物語を書こうということは、もともとぼんやり思っていたんです。たまたま連載の話をいただいたので、そこから1年ちょっと連載をしました。 - --- リアルタイムでの連載はいかがでしたか。
-
毎月締め切りが来るので、強制的に書かなくてはいけないという面があるんですけど、今まではそれに抵抗があったんです。
自分の気に入ったことしか書きたくなくて、こういうことが書きたくて、こういうことは書きたくないっていうことを守るためにも、連載はやりたくなかったんですね。面白くないことを書いちゃうんじゃないかっていう恐怖がすごく強かったんです。
だから今までは、連載するにしても全部書き上げたものを分載してもらっていて、でも、それを崩したのは何故かというと、締め切りがあっても自分の書きたいことっていうのはちゃんと守れるし、筆力がついてきて書けるようになってきたっていうことだと思います。
やってみたらプラスに作用することのほうが多い。
この作品は、僕の小説としては8作目ですが、きっとようやく連載ができるようになったんでしょうね。
普通は何というか、作家と言えば連載、みたいなイメージがあるんですけど、僕にとっては、なんかハードルがあったんですね。
まあでも、やってみたら、ちゃんとできましたね。載せず嫌いだった(笑)。 - --- では、中村さんの執筆活動の中でも重要な1冊ですね。
-
そうかもしれないですね。あと今までの小説の中で一番長いんですよ。
今までの物語は、だいたい200枚から300枚に収まっていたんですけど、今回は400枚を超えたんで、自分の中ではちょっとエポックですね。 - --- 前作と今作では、「好きなひとがいて、相手も自分を好きで、でも状況が、、、」という点では共通していますね。
-
前作は「距離」なんですよね。今回も距離はあるんですけど、相手との距離と言った時の距離って、何メートルっていう実際の距離もありますが、「時間」っていうのも距離だと思うんです。
何キロメートル離れたと同じように、何時間、離れたって言いますよね。今回はそういう「時間」を色々な方向から切り取っていますね。
- --- 中村さんの作品は目線がやさしく、共通する想いのようなものを感じるのですが、作品を作る上で持ち続けている想いはありますか。
-
読む前と読んだ後で、見えるものとか感じられるものとかが、少し変化した気になるような本が、いい本だと思うんです。ブルース・リーの映画を観た後に、ちょっとブルース・リーになりきっちゃうような感じ。違うかもしれないけど(笑)
今まで捉えられなかったモヤモヤした自分の感情とか他者っていうものが、読んだあとちょっとクリアになったり。一番シンプルにいうと、読者が読んだ後、世界が少しでも優しく見えればいいな、と思って書いています。それはどの作品でも変わらないですね。 - --- 逆に変化したと感じるところはありますか。
-
変化したこと・・・書き方の部分で、自分を信用するようになったというか、連載のことにも関わるんですが、これでいいのかなって今まで臆病だったことに対して、ハードルが下がってきたんですね。自分の出す言葉っていうものが、よりストレートになってきたのかなぁ。変わったというより、それは成長なのかもしれないけど。
例えば、音楽でいうと、ギタリストが演奏する時に、手癖で弾くフレーズってのがあると思うんです。そういうのをすぱーん、とやっちゃうこともできるし、やらないって決めてやらないことも出来るようになった。昔は手癖で弾いてみたあと、それをアレンジしていた感じですかね。
自分の中で、面白いことを書かなきゃいけないとか、こういうことを書きたくて、こういうことを書きたくないんだっていうことに縛られていたり臆病だったことに対してあまりネガティブに思わなくなったというか、「大丈夫だよ、面白い。面白い。」って思えるようになってきたのかなぁ。
- --- たしか、ブログだったと思うのですが、「小説を書く作業をしているとき以外も、やっぱり小説を書いてる気がするのだ」という文章が印象に残っています。
-
それはもうほんとそのとおりで。
僕は27歳の時に、初めて小説を書こうって思ったんですが、小説を書こうって思うその前の、働いたり、バンドやったり、ブラブラしたりっていうのも、実は何かを書いていたんだと思うんですよね。そういうふうに思えば、すごく合点がいく。僕にとっては。
実際に書き始めてからも、書くっていうのはキーボードを叩いている瞬間だけ書いているわけじゃないんで、当たり前のことだと思うんですけど、特にそういうことを感じる瞬間っていうのはありますね。 - --- 「自分の執筆活動自体が物語の中に含まれる」という文章も印象に残っています。
-
ああ・・・・・。デビュー作が『リレキショ』ということにも意味があって、あれは多分、僕のスタートのための履歴書なんですよ。どこかに提出するための。
あと昔バンドをやってたんですけど、『リレキショ』の一行目は、自分が作った一番好きだった曲の歌詞から始めようと思って書いたんです。 全部説明したりすることはできないんですけど、そういうのって楽しいし、物語化しながら物語を書くっていうことの面白さがどこかに出るはずだと思っています。
どんなこともそうなんですけど、物語化すると強度が出ると思うんですよ。何かを決めなきゃいけないときでも、情報とか理屈とかより物語のほうが強いですよね。
- --- では最後に、今後の執筆活動についてお聞かせいただけますか。
-
今書いている小説は、『星に願いを、月に祈りを』と、『SING OUT LOUD!』です。今年中にどちらかが完成するといいなあ、と思ってます。でもまあ、そんなことより、『あのとき始まったことのすべて』、読んでいただけると嬉しいです!(笑)
- --- 本日はどうもありがとうございました。
(次ページでは、中村航さんのおすすめの音楽CDを挙げていただきました!) -
- 新刊『あのとき始まったことのすべて』 中村航
- 営業マンとして働く僕は社会人三年目。中学の同級性だった石井さんと十年ぶりに会うことになった。有楽町マリオンで待ち合わせ、目の前のニュー・トーキョーに入ると、当時の面影を残す石井さんを前にして、中学時代の思い出が一気に甦る。
親友の柳、一年の時に告白してふられた、すこし不思議ちゃんの白原さん。僕、石井さん、柳、白原さんの四人で奈良の東大寺などを巡った修学旅行。そしてそれぞれの思いを秘めて別れとなった卒業式。
やがて酔った二人は、中学時代の思い出を探しに、僕の部屋へ向かう・・・。
-

-

- あのとき始まったことのすべて
中村航 - 2010年3月(角川書店)
-

-

- 僕の好きな人が、
よく眠れますように
中村航 - 2008年10月(角川書店)
-

-

- あなたがここにいて欲しい
中村航 - 2009年3月(角川書店・文庫版)
-

-

- 絶対、最強の恋のうた
中村航 - 2008年11月(小学館・文庫版)
-

-

- 100回泣くこと
中村航 - 2007年11月(小学館・文庫版)
-

-

- ぐるぐるまわるすべり台
中村航 - 2006年5月(文藝春秋・文庫版)
-

-

- 夏休み
中村航 - 2006年6月(河出書房・文庫版)
-

-

- リレキショ
中村航 - 2005年10月(河出書房・文庫版)
-

-

- オニロック
中村航・宮尾和孝 - 2009年2月(JIVE)
-

-

- 終わりは始まり
中村航・フジモトマサル - 2008年5月(集英社)
-

-

- 星空放送局
中村航・宮尾和孝 - 2007年10月(小学館)

-
中村航 (なかむら こう)
1696年岐阜県生まれ。芝浦工業大学卒業。
2002年『リレキショ』で文藝賞を受賞しデビュー。
2004年『ぐるぐるまわるすべり台』で第26回野間文芸新人賞を受賞。05年に上梓した『100回泣くこと』はベストセラーに。
著書に、芥川賞候補となった『夏休み』のほか、『絶対、最強の恋のうた』『あなたがここにいて欲しい』『僕の好きな人が、よく眠れますように』『星空放送局』(絵:宮尾和孝)などがある。

