「人生と音楽」

2010年3月19日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第175回

「人生と音楽」

 すみだトリフォニーホールで開催された名ピアニスト、アルド・チッコリーニのコンサートに出かけてきた。リサイタルと協奏曲の夕べの2回だ。
 特にリサイタルがすばらしかった。シューベルトでの淡々とした深みがある歌もさすがだたが、「展覧会の絵」では思いがけずまるでドビュッシーみたな美しさが咲き出て驚かされた。「キエフの大門」では、力ずくではない大きさが、これまたさすがと思わせた。80歳を過ぎ、時に技巧のほころびが見られるが、音楽の骨格はたくましく、緊張感も途切れない。アンコールで弾かれた「愛の挨拶」の深い情感。スカルラッティの雅。絶品と言うしかない。老熟した、しかしまだ崩れていない芸(術)である。このような演奏家が定期的に日本に呼ばれているのはまことにありがたいことだ(ちなみに最高席6000円は、パリより安いです)。
 客に媚びるようなステージマナーではないのもいい。自分は、自分がしたいことを続けてきただけだという自負が感じられる。この人にとっては、まさに音楽=人生なのだろう。
 CDのほうも、過去のEMI録音を集大成した巨大かつ割安なセットもあれば、最近の録音もある。あれこれ買い込んで、5月の連休にでもじっくり聴いてみようと思っている。

 音楽抜きの人生はあり得ないと考えている人も多いだろうが、逆に、人生抜きの音楽もあり得ない。どんな音楽であれ、人生とまったく無縁に生まれるものではないし、聴かれるものでもない。
 私はもう20年以上も音楽評論を書いてきたけれど、既存の評論家、あるいは新しく登場した音楽評論家、それに音楽ライターなるもののほとんどがそのあたりに口をつぐんでいることに不満を感じてきた(これは別に日本に限ったことではない)。「自分はこういう人間」というのを棚上げして、他人の音楽をどうこう言うのが、何とも狡い気がしてならないのである。極端な仮定かもしれないが、極貧だからこそわかる音楽(の聴き方)があるだろうし、贅沢三昧していないとわからない音楽もあるだろう。童貞、処女でなければ感動できない音楽、頽廃の果てに魅力を感じる音楽だってあるに違いない。だが、こうしたことにいっさい関わりなく、まるで拾ってきたきれいな石を褒めるような感じで綴られてしまう評論がほとんどなのだ。しかし本来、美について論じるということは、突き詰めるほどに、「それを美しいと感じる自分」を論じることと切り離せないはずである。なぜなら美は物理的特性などではなく、非常に主観的なものなのだから。
 今年私は45歳になった。これは太宰治や三島由紀夫が死んだ年齢である一方で、ドストエフスキーが『罪と罰』を書き始めた年齢でもある。私としては、当然のことながら前者ではなく後者にあやかりたいわけで、どんどん新しいことを始めたいと意欲満々なのである。まずはこれまであえて敬遠してきたオーディオの世界に足を踏み入れてみることにしたし、唐突ながら「世界一恐ろしい心霊スポットふぁいる」というスカパーの番組にも縁あって出てみた(コスプレした女の子たちといっしょに怖がったりするという役割。7月にはDVDも出ます)。
 そして執筆のほうでも今までとはガラリと方向性を変えたものを出すことにした。その第一弾が、今月発売になった『これからを生き抜くために大学時代にすべきこと』(ポプラ社)だ。
 書名から容易に想像がつくように、大学生に向けた本だが、それに留まらない。あらゆる若者が対象である。さらには、十年後、二十年後に読み返してもおもしろいし、役立つはずだ。人生の極意(と言って言いすぎならヒント)が、成功例、失敗例を豊富に紹介しながら、記されている。
 もちろん、底の浅いハウツー本ではない。最終的には自分が自分と対決しなければならなくなる、その地点まで読者を導いていくことも狙いのひとつなのだ。実はこの本は、初稿の段階では非常に辛辣な内容だった。だが、それでは若者には刺激が強すぎるし、傷ついたり、絶望的な気持になる者もいるかもしれない。それは私の本意ではないし、より多くの人に読まれるようにややマイルドに直したという経緯がある。
 値段は超良心的な千円だ。この本を書くために費やされた時間とエネルギー、そして編集者の苦労を考えれば、まったく割りがあわない値段と断言できる。特に若い方はぜひともお読みください。絶対に損はしません。そして、5年後、10年後にまた読んでみてください。書かれていることの意味がもっとよくわかるはずです。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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アルド・チッコリーニ EMI1950−1991年録音全集(56CD)

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ピアノ協奏曲第20番、第23番 チッコリーニ、フォスター&モンペリエ国立歌劇場管

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これからを生き抜くために大学時代にすべきこと

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