ロバート・グラスパー、ブラッド・メルドーら今をときめくジャズメンたちがこぞってカヴァーする
レディオヘッドはもはや現代ジャズのスタンダードなのだ。
そもそもトム・ヨークがマイルス・デイヴィス『ビッチェズ・ブリュー』やチャーリー・ミンガスについて言及していたミュージシャンなのは有名な話なわけだが、ジャズにおけるレディオヘッドはそんなトム・ヨークの言葉以上に大きな意味を持つ存在になっていた。テクノやヒップホップを当たり前のように聴いてる世代のジャズミュージシャンにとって、『OKコンピューター』以降のレディオヘッドのサウンドは、生演奏で再現すべき格好のターゲットとなった。ヨーロッパからはe.s.t.が、アメリカではブラッド・メルドーがそれぞれ高次元のテクニックとプリペアドピアノなどを駆使して、レディオヘッドがエフェクトやポストプロダクションを駆使して作った音響に生演奏で迫ろうとした。ブラッドメルドー『Largo』での<パラノイド・アンドロイド>はジャズからの回答とも呼べる驚異的な演奏だし、e.s.t.は後にエンジニアのAke Lintonを第4のメンバー的に加え、音響面を更に拡張しようとした(その様子は未発表音源集『301』などで聴ける)。レディオヘッドの音楽はジャズミュージシャンの音響への感覚に大きな影響を与えたと言えるだろう。
また、同時にレディオヘッドほど時代の空気を反映した心象風景を描いたバンドもいないだろう。彼らの楽曲に宿るダークな質感は、バラードが表現する悲しみや切なさのような動的な心の動きだけでなく、現代的な鬱の感情にも通じる静的な沈みこんでいる状態のような感情を繊細に表現していた。現代のジャズミュージシャンたちはレディオヘッドのそんな表現力にも惹かれていった。
ブラッド・メルドー(『Anything Goes』)やロバート・グラスパー(『In My Element』)がピアノトリオのフォーマットで<エヴリシング・イン・イッツ・ライト・プレイス>をカヴァーしたり、クリスチャン・スコットやビッグユキのようにその影響を口にするミュージシャンも後を絶たない。中でもブラッド・メルドーは1998年の『Art Of The Trio Vol.3』で真っ先にレディオヘッドの<イグジット・ミュージック>を取り上げ、その後もたびたびレディオヘッドの楽曲をカヴァーし、それをジェフ・バックリーやニルヴァーナ、ニック・ドレイクやエリオット・スミスのカヴァーと並べてみせたりもしている。最近では、ロバート・グラスパーが『Covered』で<レコナー>を取り上げたのも記憶に新しい。
その昔、ビリー・ホリデイが<奇妙な果実>を歌ったように、メルドーやグラスパーは同時代の感情を<エヴリシング・イン・イッツ・ライト・プレイス>を奏でることによって、表現している。レディオヘッドはもはや現代ジャズのスタンダードなのだ。
柳樂光隆 2016年5月記
柳樂光隆(なぎら みつたか)
ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。1979年島根県出雲生まれ。現在進行形のジャズ・ガイド・ブック「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに執筆。Otis brownV『The Thought of You』、Taylor Mcferrin『Early Riser』ほか、ライナーノーツ多数。
ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。1979年島根県出雲生まれ。現在進行形のジャズ・ガイド・ブック「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに執筆。Otis brownV『The Thought of You』、Taylor Mcferrin『Early Riser』ほか、ライナーノーツ多数。
Jazz The New Chapter 3
「Jazz The New Chapter 3」 今日においてはジャズこそが時代を牽引し、ディアンジェロやフライング・ロータスなど海外の最先端アーティストから、ceroなど日本のポップ・シーンにも大きな影響を与えている。この状況を予言し、新時代の到来を告げた「Jazz The New Chapter(ジャズ・ザ・ニュー・チャプター)」の第3弾。2014年の刊行時より刷数を重ね、SNS上でも未だ話題沸騰中の第1弾・第2弾に続き、かつてない活況を迎えているジャズの次なる未来はニューチャプターが切り拓く!
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