【リーズナブルプライス】天才ギタリスト アラン・ホールズワース 80〜00年代名盤コレクション

アラン・ホールズワース

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2017年にこの世を去った天才ギタリスト、アラン・ホールズワース 80〜00年代に吹き込まれた名作ソロアルバム12タイトルが輸入盤CDで復刻。

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アラン・ホールズワースは、1946年8月6日イギリス北部のヨークシャー、リーズに生まれている。子供の頃、サックスが演奏したかったアランは、高価なサックスを手に入れることができず、15歳のときに父が手に入れてきたギターを与えられて演奏をはじめた。

60年代末、20代前半のときには地元の音楽クラブに出演し、チャート系のヒット曲を演奏するギグを行なっている。1968年、デイヴ・フリーマン、ミック・スケリーと共に最初のグループ、イギンボトムを結成。この当時の演奏はDeramレーベルから発売され、今日聴くことができる。

やがてマンチェスターに移ったアランは、ヴァイオリン演奏をはじめ、この地でハイテンションなベーシスト、グラハム・コリアのワークショップで演奏することになる。

数ヶ月でロンドンに移ったアランは、今度はイアン・カー、ジョン・ハイズマンなどの優れたミュージシャンたちと知遇になった。ロンドンでのアランは様々なグループに参加、ギルガメッシュ、ナショナル・ヘルス、ジャミー・ミュアーなどと共演。

1972年6月、コロシアムのドラマーだったジョン・ハイズマンのニューバンド、伝説のテンペストに加入。さらにゲストとしてニュークリアスの『Belladonna』やゴードン・ベックの作品にも参加している。その後、ロンドンのジャズシーンに復帰したアランは、ニュークリアスでヨーロッパ〜英国内をツアーしている。

1973年、ソフトマシーンのメンバーとジャムセッションを行なったアランは、それ以降時おりゲストとして彼らのバンドに参加、同年のクリスマスの日に正式メンバーとなる。翌1974年7月には『Bundles』のレコーディングに参加している。




1975年、マイルス・デイヴィス・バンドを退団したトニー・ウイリアムスからライフタイムへの参加オファーを受けてアメリカに渡る。『Believe It』、『Million Dollar Legs』はその時の成果を記録した必聴盤。超絶技巧ギタリスト、アラン・ホールズワースの名をジャズファンに印象付けたのもこの作品からだ。

やがて初リーダー作品『Velvet Darkness』を発表。当時はそこまで話題に上らず、またアラン本人は「本作は正式な許可がないまま発表されたものであり、自分の作品の目録に加えられるべきではない」としているが、このアルバムには、アラン・パスクァ、アルフォンソ・ジョンソン、ナラダ・マイケル・ウォルデンなど当時最高のリズム隊が名を連ねている。

その後、再びカンタベリー音楽シーンと交流してゴングに参加。1976年の夏に『Gazeuse』を録音後、ツアーに参加するが結局ゴングは解散。1977年、アランは多くのセッションに参加して次々と印象的なプレイを残すこととなる。ビル・ブラッフォード『Feels Good To Me』、ジャン=リュック・ポンティ『Enigmatic Ocean』、ゴードン・ベック『The Things You See』、ジョン・スティーヴンス『Touchig On』がそれにあたる。

1979年春のツアーの後、アランはブラッフォードを脱退。ジャック・ブルース、ジョン・ハイズマンと最高のバンドを結成するも残念ながら作品化はなされていない。その後、相性のいい相棒となるドラマーのゲイリー・ハズバンドと出会い、ニュークリアス時代のメンバー、デイヴ・マクレエ(key)が参加して、自己のバンド、アラン・ホールズワース&フレンズを結成する。

一方でジャズ系のセッションも並行して行ない、1980年、ゴードン・ベック、ジェフ・クライン、ゲイリー・ハズバンドと共に日本でもヒットした『Sunbird』を録音。また同時期には、ソフトマシーンのラストアルバム『Land Of Cockayne』にも参加している。




1981年、ポール・カ−マイケル(b)、ゲイリー・ハズバンド(ds)、ポール・ウイリアムスによるI.O.U.を結成。1982年カリフォルニアへと移住。ドラムはハズバンドのほか、チャド・ワッカーマン、ヴィニー・コイヤタ、ベースにカーマイケルのほか、ジェフ・バーリン、ジミー・ジョンソンが参加、さらにキーボードはスティーヴ・ハントなどが参加。『Road Games』(83)、『Metal Fatigue』(85)、『Atavachron』(86)、『Sand』(87)、『Secrets』(89)など、80年代を通して多くのアルバムをリーダー名義で残している。

さらに90年代に入っても、『Wardenclyffe Tower』(92)、『Just For The Curious-Instructional』(93)、『Hard Hat Area』(94)、『None To Soon』(96)、『I.O.U.Live』(97)、『The Sixteen Men Of Tain』(99)など、多数のリーダーアルバムをリリース。2000年代に入っても活動は衰えず、『Flat Tire』(2001)、『Live At The Galaxy』を発表し、ますます超絶技巧健在ぶりを印象付けた。

アラン・ホールズワースはその卓越した技巧に加えて、ジャズ、ロックの両シーンを文字通りクロスオーヴァーしながら活躍。同郷のジョン・マクラフリンと並び、両ジャンルを代表する最高のギタリストとして多くのギターファンから愛された。
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