SIGH 川嶋未来氏による VENOM INC.インタビュー

2015年08月20日 (木) 19:45

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ローチケHMV - ヘヴィーメタル

 Venom Inc.の来日、無事に実現して良かったと思っているファンは少なくないだろう。何故か「本当に来るのだろうか?」と多くの人に疑念を抱かれていたVenom Inc.。確かにCronosの方のVenomは2回連続で来日予定が流れているものの、うち1回は企画自体の消滅によるものであり、決してバンドがキャンセルした訳ではない。ましてやVenom Inc.としては来日の話自体初、過去にドタキャンの実績などあろうはずもないにもかかわらずだ。今回は中国→台湾→日本というアジアツアーの一環であったため、中国公演がスタートした時点で、とりあえずキャンセルの可能性は限りなく低くなったと一安心をしたのも束の間、何と今度はVenom Inc.の日本到着予定日に、まさに到着予定地の関西に台風が直撃予定だというではないか!前日のニュースでも、大阪発着便の多くは欠航予定である旨アナウンスされており、それほどVenomと日本というのは相性が悪いのかと嘆いていたのだが、蓋を開けてみれば台風直撃の当日、台湾から大阪に向けた便で欠航にならなかったのは、Venom Inc.一向が乗ったものだけであったというのだから不思議なものだ。そんなVenom Inc.の3人に、色々と話を聞いてみた。


川嶋未来(以下、Mirai)--- それでは始めましょう。日本の印象はいかがですか。

Abaddon(以下、A):印象なんて無いね!
Mantas(以下、Ma):日本に来るのは3度目だが、一つ言えることは俺はこの国が大好きだということだ。
A:昨晩の(大阪での)ライヴはこれまでで最高のものだったんじゃないかな。俺たちの演奏が良かったということだけではなく、オーディエンスの反応も最高だった。オーディエンスはヘルプが必要な時はそれに応えてくれ、最後まで俺たちについてきてくれた。信じられないよ。
Ma:ただ1万人が突っ立っているだけの大規模なライヴよりも、昨晩のようなライヴの方がずっと素晴らしいね。
Demolition Man(以下、D):昨日台北から大阪に来たんだ。台風のせいで俺たちの便しか飛ばなかったのだけど。大阪についた途端、我が家に帰って来たような気がしたね。
A:居心地が良いよな。
D:そう、居心地が良い。食べ物も人も素晴らしいし。
A:どこへ行っても誰かが手助けしてくれるし。
(ここで誰かがドラムを叩く)
ドラムから離れろ!

Mirai--- Venomを始めた頃は、どのようなバンドに影響を受けていましたか。

A:3人ともバラバラだったな。
Ma:俺の人生が変わったのは1979年5月20日、Judas Priestを見た時だね。その前にもバンドをやりたいと思って、ジャムなどはしていたのだけど、あれで完全に人生が変わった。特にK.K. Downingは俺のお手本となった。それからKissMotorhead、音楽的な影響という点では少々劣るがBlack Sabbath、彼らからはバンドのイメージという点で影響を受けた。
A:俺はDeep PurpleFreeBad Companyとか。重要なのは、Venomの音楽や姿勢がこれらのバンドに依存していないということさ。Venomの音楽は、Deep PurpleやKiss、Judas Priestには似ていないだろう。
D:世の中には非常にテクニカルなミュージシャンやプロデューサー、高価な機材などがあるけれども、バンドとミュージシャンの違いと言えば良いのかな、例えば俺は初めてMotorheadのライヴを見た時には、とにかく圧倒されたよ。音もデカくて、非常に心を動かされた。MantasがJudas Priestで感じたのも同じものだと思う。
A:誰であれ、メタルのコンサートを経験すれば、心を動かされると思うんだ。そういうタイプの音楽だからね。
D:ポップ・ミュージックにも優れたものがあって、一緒に歌って楽しんだりできるけど、メタルは魂を直撃するというのかな。俺たちの歌詞には連続殺人鬼についてとか、あまり穏やかでないものもあるけれども(訳注:おそらくは「Schizo」のこと)、ミドル・セクションなどは「殺人鬼が首を切りに来るぞ!」という内容なのに、お客さんが皆、微笑みを浮かべていたりとかさ。
A:(爆笑)一体感があるよな。
Ma:メタルというのはライフ・スタイルだからね。

Mirai--- 曲がどんどんスピードアップしていった理由は何だったのですか。

Ma:初めの頃は、世界で一番ラウドで、へヴィで、速くてブルータルでぶっ飛んでいるバンドを目指していた。俺たちが「こういうバンドのステージを見たい」という思うようなバンドにしたかったんだ。でも、深く考えた結果というわけではなくて、自然とやりたいことをやっていただけさ。言わせてもらうと『Welcome to Hell』『Black Metal』に収録されている曲の80%〜90%は、Cronosが加入する以前に俺が書きあげていたものなんだ。俺が持っている音楽的な武器というのはたったの二つ、パワー・コードとペンタトニック・スケールだけさ。俺はこの二つの武器だけでできる最高のことをやった。俺にとってギターというのは曲を書くためのものなんだ。そして曲はファンとつながっていなくてはいけない。「Countess Bathory」をライヴで演奏すると、必ず大合唱になるだろ。俺たちはただやりたいことをやっていただけで、また音楽的に無知であったがゆえにできたこともある。俺にはYngwieSteve Vaiのようなテクニックは無かったからね。きっと俺たちにも、(テクニックではない)何か特別なものがあったのだろうけど、俺たちにはそれが何かわからなかった。ところが突然、世界の方がそれを理解したんだよ。俺が初めて書いた曲は「Red Light Fever」だった。「Raise the Dead」も『Welcome to Hell』よりも前に書かれているんだ。

Mirai--- 「Raise the Dead」はデモ・バージョンがCDのボーナス・トラックとして発表されていますね。

Ma:そうだね。とにかく多くの曲が、ファースト・アルバムの録音よりずっと前に書かれているんだよ。レコーディングのためにスタジオに入ったものの、俺たちは何も知らなかった。コンプやEQ、ミックスについてもまったく知らなかった。持っていたのはMarshallのJCM800、それにMarshallのキャビ、それからフライングVとエフェクター、それが全部だった。とりあえずすべてのつまみをフルにして、レコーディングした。最初の2枚のアルバムは、若いバンドが何も知らなくても、とにかくできる最善のことをしようとしている瞬間を完全に捉えていると思う。だから皆気に入ってくれたんだ。俺としては「最高のギタリスト」と称されるのと「最高のソング・ライター」と称されるのであれば、後者を選ぶ。音楽というのはハートから生まれるものだからね。
D:『Welcome to Hell』を聴くと、それはもう殆どカオスだろ。このアルバムは皆に語りかけるのさ。パンクと同じでさ、世の中には凄いギタリスト、ミュージシャンもたくさんいるけど、パンクはまずステージにあがってやってみようっていう感じだろ。Venomは同じだったのさ。

Mirai--- Venomの素晴らしいところは、写真であるとか、歌詞、ステージ・ネームなど、初めからバンドのイメージというのがはっきりしていたところだと思います。そもそもイーヴルな、サタニックなコンセプトというのはどのように出てきたのですか。

A:殆どすべて同時に思いついたんだよ。どんな音楽をやりたいか、どんな風なステージをやりたいか、どんな衣装でやるか。JeffやTonyではなく、悪魔的なステージ・ネームをつけるとすれば、当然普通の格好でステージに立つわけにはいかない。Abaddonというのは聖書からとったヘブライ語の名前なんだ。パイロを使うのも当然の成り行きで、ライセンスが必要だとかはどうでも良くて、神秘的なステージをやるにはパイロをやるしかなかった。次々とアイデアが固まって行ったんだ。

Mirai--- 特定のバンドや映画などからのインスピレーションはありましたか。

Ma:俺はやはりJudas Priestかな。衣装とかね。
A:ボンデージについては多少の影響はあったかもしれない。Anvilなんかもやっていたしね。俺たちのオリジナル・シンガーは、ステージで手枷をつけていたし。
Ma:実は最初の頃は、今で言うコープス・ペイントもやっていたんだ。顔を白く塗ってね。
A:毎回違うデザインでね。Alice Cooperみたいにきちんとしたペイントではなくて、ただの滅茶苦茶だったけど。それから鋲やチェーン、ナイフや日本刀を使ったりね。
D:それからホラー映画も大好きだったしね。色々なものを読んだり、いつも新しい情報を探していた。
A:忘れてはならないのは、俺たちは70年代後半の非常にリッチな文化の中にいたということだよ。最高のホラー映画に最高のバンド。最高の巨大なコンサートが始まったのも70年代だ。77年〜78年に、ちょうど俺たちはそこにいたんだ。
Ma:俺たちには人々にショックを与えてやろうという意図があったからね。ショックを与えるという意味では、今でも「エクソシスト」を超える映画って無いだろう。何百万というホラー映画が作られているが、どれも「エクソシスト」を超えていない。
A:俺はあの時17歳だったのだけど、非常に大きな影響を受けた。17歳には衝撃が大きいよ。(訳注:Abaddonは1960年生まれ、「エクソシスト」の公開は1973年なのでAbaddonの勘違いか、あるいは公開から数年後に見たのだろうか。)
D「ローラーボール」「デス・レース2000年」「ジョーズ」、それに「エクソシスト」だからね。あの頃の映画はブルータルだったよ。
Ma:1973年に「エクソシスト」の内容は本当に衝撃的だった。



Mirai--- ちょうど武器についてもお伺いしたいと思っていました。おそらく武器を持つというコンセプトは、Venomが最初なのではないかと思うのですが。

Ma:そうだね。釵、刀にヌンチャクだろ。俺は10歳からずっとマーシャル・アーツをやっていたからね、武器も色々と持っていたんだ。俺の体の一部さ。

Mirai--- 今では多くのブラック・メタル・バンドがお手本にしていますよね。

全員:そうだね。
A:『Black Metal』のフォト・セッションだったかな、俺の顔が殆ど見えないような写真を撮ったんだ。そしたら「こんな顔も見えていないもの、どうするんだ?」でお終いにされてしまったのだけど、今じゃそれも定番だろ?ロゴも最初は「こんなもの読めない」と言われた。でも今ではどうだ。最近のブラック・メタル・バンドのロゴなんてもっと読めやしない。読めないロゴ、顔の見えない写真、皆俺たちが始めたのさ。ニューヨークのオシャレな奴らがプロデュースしたのではなく、ストリートの奴らがハートで作ったバンドなのさ。この写真(『Japanese Assault』の裏ジャケ)は、RushやDeep Purple、KissなどのジャケをやっていたFin Costelloに撮ってもらったんだ。この頃は当然ディジタルではないから、高価なフィルムを使わなくちゃいけない。たった1枚の写真のために、多くのフィルムを無駄にするわけにはいかなかった。Finは普通1回のセッションで30〜40枚撮るんだが、Venomのときはおそらく7枚ほど撮ってそれでOKだった。Venomはモデルのように、カメラの前でポーズをとるようなバンドじゃなかったからね。
D:Venomの『Black Metal』というアルバムと、現在のブラック・メタルは大分違ったものになっているし、音楽的にはおそらくBathoryの影響が大きいのだろうけど、イメージという点では間違いなくVenomが原点だ。Celtic FrostのTom WarriorやSodomのTomに聞いても即座にそう答えるだろう。
ADeathのChuckも、「Deathがデス・メタルの元祖だ」と言われた時、「いや、元祖はVenomだ。」と言っていたしね。

Mirai--- Deathは初期の頃、Venomの曲を色々カヴァーしていましたよね。

D:何しろDeathになる前はMantasだからね。ObituaryのJohn TardyやTerry Butlerに会ったときも「本物のMantasだ、色々聞きたいことがあるんです。」なんていう調子でさ。Terry Butlerなんて素晴らしいベーシストだろ。そうやって遺産が受け継がれていくのは素晴らしいことだよ。
A:Venom Inc.について言えば、昔の曲をリハーサルして演奏して、まるで1981年にニュー・キャッスルの小さな部屋でプレイしていた頃のように感じているよ。
D:昨日はファンがやってきて「25年間ライヴを待ち望んでいました!」って。そしたら次のファンが「俺は30年待ってました!」。それでさらに「俺なんて40年です」と言い出す奴までいてさ(笑)。
A:(爆笑)俺たちもそこまでは年とってないよ!

Mirai--- Bathoryの名前が出ましたが、当時Bathoryは聞いたことがありましたか。

Ma:それについては良く聞かれるのだけど、正直言って俺の心は常にJudas PriestやFrank Marino、Rushなどのクラシック・ロックに向いていたから、Bathoryに限らず殆ど当時のバンドは聞かなかった。
A:Tom Warriorには会ったよな?
Ma:会ったね。彼がまだHellhammerをやっていた頃。ブラック・メタル・バンドで好きなのは、ImmortalDimmu Borgirだ。彼らのやっていることは大好きだよ。Mantas Proejctをやっていた時に、ロンドンのブラック・メタル・フェスティヴァルに出演したんだ。コープス・ペイントをしたバンドがたくさん出たけれども、正直言ってすべて同じにしか聞こえなかった。今はあまりに多くのジャンルに分かれすぎていると思うんだ。すべてのバンドが別のジャンルに属しているような感じだろ。俺たちにも責任があるのかな、とは思うのだけど。いい加減へヴィ・メタルの旗の下、一つになる時じゃないのかな。
D:当時Venomというのはインディー・レーベルの頂点にいたんだ。Venomより上ということは、メジャーと契約するということだった。当時は今と違って、レーベルも殆どなかった。イギリスでもせいぜい2つさ。Mausoleumのようなインディー・レーベルが多く出てきたのも、82年〜83年以降のことだよ。今じゃ通りに一つレーベルがあるみたいなものだろ。俺は当時テープ・トレードをやっていたので、それでBathoryなどを聴くことができた。そういうバンドの奴らは、皆テープ・トレードをやっていてね。Dan Lilkerなんかもその一人だった。当時はテープ・トレードをやっていないと、どんなバンドが出てきているのかわからなかったんだ。あの頃ニュー・キャッスルではTotoStyxAC/DC、Motorheadなんかが皆へヴィ・メタルと呼ばれていたのだけど、Venomが出てきた時に、彼らは「俺たちはへヴィ・メタルじゃない。ブラック・メタル」だと言っていたんだ。
A:当時Kerrang!だったかな、表紙がBon Joviだったんだよ。それで、「こんなのがへヴィ・メタルならば、俺たちはへヴィ・メタルじゃなくて結構だ。こんなものがイギリスでへヴィ・メタルを代表する雑誌なら、俺たちは関係ない。これをへヴィ・メタルと呼ぶなら勝手にしろ、でも俺たちには関わらないでくれ。」ってね。今も何一つ変わってないだろ、何だっけ、Babymetalだっけ?
D:『Welcome to Hell』に「テープへのダビングは音楽を殺す。Venomも音楽を殺す。」っていう記載があってさ、きっとHellhammerも「テープへのダビングやVenomが音楽を殺すならHellhammerも音楽を殺してやろう。」なんていう感じだったに違いない。とにかくHellhammer・Celtic Frostにしても初期Sodom、BathoryやMercyful Fate、皆個性的だったよね。ロンドンのフェスティヴァルでDestructionのSchmierもブラック・メタル・バンドを見て「何か俺たち浮いてるね。」なんて言ってたよ。10バンドくらい出ていたんだけど、1つくらい違うことをやるバンドはいないのかってね。完全に均一化されてしまっているだろう。
Ma:さっきも言ったとおり、ImmortalとDimmu Borgirは素晴らしいけどね。
D:彼らはステージングも素晴らしいよ。皆が個性的だったあの頃が懐かしいね。あの頃は二つのバンドが同じことをやるなんて考えられなかった。

Mirai--- 「Black Metal」という言葉はどのように思いついたのですか。

Ma:曲のタイトルさ。

Mirai--- それはそうなんですけど。

Ma:Blackというのはサタニックな方面でのエネルギーさ。それに俺たちはメタル・バンドだし。
A:ブラック・メタルというタイプのサウンドを作りたかったんだよね。「君たちはへヴィ・メタル・バンドじゃないとしたら何なんだ?」と聞かれた時に、デス・メタル、スピード・メタル、ブラック・メタルと色々考えてさ。
Ma:俺たちのアルバムのバック・カバーを見てごらん「Power Metal Publishing」という記載もあるから。他のものと俺たちを区別するために色々と考えたんだ。
A:へヴィ・メタルというのは元来危険なものであったのに、安全なものになり下がってしまったからね。
Ma:ちなみに「Black Metal」という曲に関しては、ライヴについて歌っているんだけだ。サタニックな意図は一切無いよ。



Mirai--- (Mantasに)あなたは『At War with Satan』はお好きではないようですね。何故なのでしょう。

Ma:ああ、好きじゃない。

Mirai--- 私は大好きなのですけど。

Ma:それはわかるよ。これは個人的なことなんだ。何と言うか、俺は本当に『Welcome to Hell』を誇りに思っているし、『Black Metal』も誇りに思っている。だけど『At War with Satan』と『Possessed』は...。
A:俺が答えてやろうか。『At War with Satan』のレコーディングには、力が入り過ぎていたんだ。
Ma:Venomの成功の仕方にも原因があった。ニュー・キャッスルの西の端っこで週末リハーサルをしていたバンドが、次の週末には3000人のお客さん相手にライヴをしていた。そのくらいのスピードで成功したんだ。
A:スタジオに機材を持ち込んで、俺はちょうどバスドラを組み立てているところだった。2本目のデモをレコーディングしようとしていたんだ。スタジオの奴が「アルバム1枚分の曲は無いのか?」って聞いてきたんだ。俺たちは「まあ無いこともないけど。」という感じで、急遽アルバムを録音することになったんだ。そんな準備はしていなかったのにさ。元々3曲だけ録る予定だったのだけど、アルバムを出せるかもしれない状況でノーとは言えないだろ。
Ma:俺は個人的に『Black Metal』の後、Venomを辞めるつもりだったんだ。音楽的な問題ではなく、もっと個人的なことでね。おそらく急な成功に起因していたと思う。
A:急に成功をすると、自分が作っていたキャラクターになり切ってしまう人間っているんだよ。Mantasは、バックステージに戻ってくればJeffに戻る訳だけど、シンガー(Cronos)はステージ大騒ぎをして、戻ってきたあともそのキャラクターから逃げられなくなってしまった。裏で俺たちと話すときも、インタビューでの調子と変わらないような感じになってしまった。「ちょっと待てよ、お前は(Cronosではなくて)Conradだろ?普通の人間だろ。俺たちといるときは演技をするな。」って。普段は素に戻るべきさ。
D:「エクソシスト」に出てくる神父だって普段は神父じゃないんだからね。
Ma:(Demolition Manに)言っておくけど、Arnold Schwarzeneggerも実際はターミネーターじゃないんだぞ。
D:え?そうなの?

Mirai--- 『Black Metal』のラストに『At War with Satan』のイントロが収録されていましたが、『Black Metal』をレコーディングした時点で、すでに『At War with Satan』のアイデアは固まっていたのですか。

Ma:そう、すでにアイデアはできていた。『At war with Satan』は良いアルバムだとは思う。ただ、素晴らしいアルバムだとまでは言えない。
A:今振り返って思えば、『Black Metal』の次にリリースされるべきだったのは『Prime Evil』だね。Venomのファンではない奴に『Welcome to Hell』、『Black Metal』、『Prime Evil』の順にアルバムを聴かせてごらん、きっとしっくりくるはずだ。

Mirai--- 『At War with Satan』で、20分にも及ぶ曲を作った理由は何だったのですか。当時、いや今でもそのようなことをやっているスラッシュ・メタル・バンドは殆どいませんよね。

Ma:あれは(Rushの)『2112』のようなものさ。
A:大作を作ったらどうなるか試してみたのだけど、俺にとっては大量のリフをごちゃまぜに詰め込んで、垂れ流しにして「はい一曲できた。」という感じでしかなかった。
Ma:『At War with Satan』のB面の曲は殆どライヴでプレイしていない。これが(『At War with Satan』がすぐれたアルバムでない)証明だよ。
A:『Possessed』の曲もね。優れた曲があれば、それをライヴでプレイしたくなるものだ。そうでないということは、何か違っていたということだよ。
Ma:Judas Priestの『Nostradamus』と同じさ。俺はファンだから、ボックス・セットやLP全部買ったけど、彼らはあのアルバムをライヴでどの程度やっている?
A:Kissの『Music from the Elder』とかね。俺はあのアルバムわりと好きなんだけど、Kissのメンバーにそう言っても、「それは嬉しいね!」とはならないんじゃないかな。
D:俺は『At War with Satan』は素晴らしいと思うし、大好きだよ。力が入り過ぎていたというのもわかるんだけど。
A:俺たちはバンドというのはどういうものなのか、色々と学んでいた最中だった。コンプレッサーとはどういうものか、とかね。俺たちにとってのアートというものを、スタジオで学んでいた。えーっと、何を言おうとしたんだっけ。忘れちゃったよ。
(一堂爆笑)次の質問。
D:いずれにせよ『At War with Satan』というのは、Venom以外の誰も作ろうとしなかったアルバムだよ。素晴らしいことだ。今振り返って気に入らなかったとしても、さっきの写真の話と同様、コンセプト・アルバムというのは新しいアイデアだった訳だ。
A:もう少しミュージシャンとして成長した時点で、もっと良いプロダクションで作れればまた違ったんだろうけど。とにかく『At War with Satan』を大好きだというファンがいる一方、あれは気に入らないという人もいたということは、あのアルバムには何かがあったというのは確かだろうね。
Ma:『At War with Satan』が好きだというファンにも大勢会ったよ。
A:『Possessed』が一番という奴もいるね。
Ma:『The Waste Lands』が一番好きというファンもいる。それはつまり俺たちは、良いアルバムが一枚しかない、いわゆる一発屋ではないということだ。しかし、アメリカのDecibel Magazineで殿堂入りしたのは、やはり『Welcome to Hell』と『Black Metal』なんだよ。

Mirai--- 残念ながら時間が無くなってきてしまいました。最後の質問です。あなたたちは1音半下げチューニングをしていましたよね。これは1981年の時点では非常に珍しかったと思うのですが。

Ma:何で知ってるの?
Mirai--- Venomの曲は大量にコピーしましたから。

A:それは君のヴァージョンじゃないか?俺たちのヴァージョンはどうだったっけ?
Ma:わからないよ、何しろチューナーを持ってなかったからね!
A:どの曲に合わせてチューニングしたか覚えてる?
Ma:「Welcome to Hell」だっけ?
A:いや、「In League with Satan」だよ。最初の頃は、Mantasが「Eの音出して」っていうと、ベース・プレイヤー(Cronos)がベーンって音を出すだろ、ただそれに合わせてたんだ。奴がEだと思った音をEにしてたんだよ、チューナーなんてないからさ。だからいつも違うチューニングになっていたんだろうな。そんな風に「In League with Satan」を録音したんだけど、次に『Welcome to Hell』をレコーディングする時、プロデューサーに「チューニングはどうする?」って聞かれたんだ。それで困って短い話し合いの結果、「In League with Satan」のEPをかけて、それに合わせてチューニングすることにしたんだ。レコードだからね、回転が不安定でさ。
Ma:後にやっとチューナーを入手して、調べてみたら「ああ、これはC#に近いな。」って。それでC#に合わせることにしたんだよ。皆「どうやってダウンチューンすることを思いついたんですか?」って聞いてくるけどさ、無知の結果さ!自分たちは何をやっているかまったくわからず、完全なアクシデントだった。
D:アクシデント(笑)。

Mirai--- 『Prime Evil』からノーマル・チューニングになっていますよね。

Ma:そうだね。
D:俺がノーマル・チューニングを使っていたんだよ。当時曲は3人で別々に書いていて、もちろん俺もそれ以前のVenomの曲を頭に置いて曲を作っていた。だけど俺のもう一つのバンドではノーマル・チューニングでやっていたので、それに合わせることにしたんだ。
A:さっきも言った通り、俺たちはバンドをやりながら色々学んでいたんだ。チューナーというものを入手した結果、次回からはこれをきちんと使おうってね。

Mirai--- 今晩はC#でやるんですよね。

Ma:ああ、これまでもずっとC#だよ!

Mirai--- どうもありがとうございました。

 Venomのインタビューというと、どうしても80年代の酔っぱらって滅茶苦茶に大騒ぎしている印象が強かったのだが、今回は意外にも3人とも真面目に、しかも喋りまくり。45分近くに及ぶインタビューであったのだが、それでも聞きたかったことの半分も聞けないという、ある意味うれしい誤算であった。

 ご存じの通り、Venomというのは非常に多くのメンバーチェンジを繰り返してきた挙句、ついにはVenomとVenom Inc.という二つのバンドが存在するという事態に至った。(こちら:Venom第3回の記事)を見て頂ければわかる通り、Cronos、Mantas、Abaddonという3人がかわるがわるバンドを去ったり戻ったりし、あらゆる組み合わせでアルバムが作られている。そのせいで、Venom内の人間関係は非常に把握しづらいものであったが、今回のインタビューを通じ、30年以上に渡り繰り広げられてきたVenomの脱退復帰劇に、一本の線が見えた。つまり、CronosとMantasの主導権争いだ。「CronosこそVenomの顔である。」そう考えているファンは少なくない。事実、Venom Inc.についても、「Cronos抜きではVenomでは無い。」という批判も聞かれる。しかしMantasに言わせれば、CronosはVenomのオリジナル・メンバーですらなく、Venomの成功を決定づけた最初の2枚のアルバムの楽曲の殆どは、Cronosが加入する前にすでに書き上げられていた、自分の作品なのである。強烈なキャラクターを持つCronosは、Venomのフロントマンとして頭角を現し、バンド内での発言権も大きくなっていったのであろう。そして『At War with Satan』『Possessed』を製作する頃には、MantasよりもVenomをコントロールしていたのではないか。それが気に入らなかったMantasは、この辺りからツアーに現れないなどの行動を起こすようになり、ついにはバンドを脱退してしまう。インタビュー内でもはっきりと、『Black Metal』の後、脱退する意図があったと語れている。だからMantasは、今でもこの2枚のアルバムが好きではないのだろう。その後、今度はCronosがVenomから脱退、Mantasが復帰して作られた『Prime Evil』こそが『Black Metal』に続くべき真の3rdアルバムであるという発言からも、そのあたりの心情が垣間見える。こちら(Venomの第1回コラム)の記事では、『At War with Satan』というのは20分という大作を含んだ意欲作であったにもかかわらず、思ったほどの反応を得られず、その後『Possessed』の失敗によりVenomはスラッシュ四天王入りに失敗したという見解を示したが、バンド内部では、『At War with Satan』の製作以前から不和が生じていたということなのだろう。

VENOM (2015) Photo by © Ester Segarra


 残念ながらVenomとVenom Inc.の関係は悪化の一途を辿っているようだ。特にCronos側の攻撃は酷く、FacebookにVenom Inc.のロゴを"Death to False Metal!"というメッセージと共に掲載しただけでなく、Mantas側にバンド名に"Venom"という言葉を使わせないよう法的手段に訴えるのではという声も聞こえてきている。そもそもCronosがVenomの名を継承したのは、Mantasが母親を亡くし、音楽への情熱を失っていた時期に、口頭で「Venomの名前を使っていいよ」とCronosに伝えてしまい、今ではそのことを後悔しているとのこと。Abaddonも名前の使用について、「Cronosの野郎は俺がNoということをわかっていたから、俺には一切の連絡をよこさなかったんだ。」と憤っている。インタビュー内でも、「シンガー」「ベーシスト」などという呼称を使い、「Cronos」という個人名を意図的に発しないようにしているのが明らか。残念ながら3人の和解への道は、ほぼ閉ざされているようだ。

 一方で、このような内紛劇があったからこそVenom Inc.という形での来日公演が実現し、日本でも素晴らしいライヴが体験できたという、怪我の功名的な側面があったのも事実だ。今回のライヴに関しては、最高であった以外の感想は必要ないだろう。86年リリースのライヴ盤『Eine Kleine Nachtmusik』でおなじみのイントロを含むSEが流れ始めると、場内のヴォルテージも一気に上昇。しかしまたこのSEが不必要に長いのも実にVenom Inc.。果たしてオープニングには何を持って来るのか。80年代の定番は「Too Loud (For the Crowd)」であったが、『Welcome to Hell』の1曲目「Sons of Satan」あたりという可能性もある。などと考えていると、やがてSEがファックスの送信音に変わる。これはまさかの『Prime Evil』のイントロだ。オープニングは意外にも程がある『Prime Evil』のタイトル曲。Demolition Manがベース・ヴォーカルという今回の編成を考えれば意外でもないのかもしれないけど、それでもまさか1曲目からこれが来るとは!当然場内にも多少困惑した空気が流れたような流れていないような。そんな空気を一気に吹っ飛ばしたのが続く「Die Hard」。誰もが知っている永遠の名曲だ。その後は「Buried Alive」や「Warhead」など、80年代からのライヴ定番曲や、「Raise the Dead」など、かつては殆どライヴではやっていなかったのではないかと思われる曲まで、エクストリーム・メタルというジャンルを作ったクラシックを連発。特にアンコールの「Welcome to Hell」「Black Metal」「Countess Bathory」「Witching Hour」という超名曲4連発の破壊力たるや、思い出すだけでも胸が熱くなる。唯一今回のVenom Inc.のライヴに文句をつけるとすれば、時間が短いことだ!80分では到底足りない。やはり最低でも3時間くらは演奏をしてもらわないと、とてもVenomの名曲の数々は味わいつくせない。「Leave Me in Hell」や「Poison」、「Teacher's Pet」など、今回のセットからは漏れていた初期の名曲はまだまだある。そして今回のライヴを見て、多くの人が感じたであろうAbaddonの存在感。やはりVenomの楽曲は、Abaddonのドラムでないとダメだ。ドラムがうまいとか下手とか、そんな低次元の話ではない。Abaddonにしか生み出せないノリ、疾走感。Inc.がつこうが、まさにVenomを体感させてくれた素晴らしいドラミングであった。

 どんなに好きなアーティストであっても、特に活動が長くなってくるとどうしても好きな時期という偏りが出てくる。「やっぱり初期が最高」というファンもいれば、「いや、最近の作品の方が良い」という意見も出る。その結果、「ライヴ自体は素晴らしかったが、もっと初期の曲をやって欲しかった」などなど、セットリストがライヴの感想に大きく影響をすることも少なくない。その点からも今回のVenom Inc.の公演は、初期のVenomの曲しかやらないというピンポイントもピンポイント、それが好きなファンは1曲目からラストまですべて楽しめるという素晴らしい内容、中ダレしようもない構成であった。是非とも、またすぐにでも来日を果たしてもらいたい。出来れば年に2回くらいは来てくれないだろうか。

Venom Inc. & Mirai
川嶋未来 / SIGH

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