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HMV ONLINE > NEWS > Music > Japanese Pop > 日本のシンガーTOP30 - 第15位

日本のシンガーTOP30 - 第15位

Sunday, December 11th 2005

つまらない大人にはなりたくない-佐野元春-

佐野元春
hmv.co.jp独断と偏見のJP Top Singer第15位は佐野元春。Epicソニーレーベル初期の本格的ロックシンガーとしてデビュー後、25年間にわたり独自の方法論と視点から日本語のロックを開拓している男。


クールなふりしてがむしゃらにシャウトし続ける佐野元春。25周年を目前に、長年のホーム=Epicレコードを離れ自らのレーベル"デイジーミュージック"での活動を選択。ナツメロのようになってしまうベテランアーティストも多い中で、未だ新しい前進を続けている。

1980年のデビュー以来、その「都市生活者の為のロック/ポップス」とでも言うべき作品でファンの熱狂的支持を得てきた佐野元春。しかしその活動は時に先鋭的であったり独自の哲学を内包していたり、ポピュラリティとは真逆の方向を向いていることもあった。だが20年以上に渡ってきちんと楽曲を発表し、ツアーを行いそれを全国で多くのファンが待ち構えている。そしてビールのCMに出演し、あの独特の発音で「いいねぇー」と言っていたりする。それが許されるアーティストはそう多くはない。

かつて某音楽評論家が彼を評して言った「佐野元春がこうやって音楽をやってられるのは奇跡みたいなもんだ」という言葉。決して悪い意味ではなく「純粋なクリエイティビティをモチベーションにしているアーティストが活躍できることの素晴らしさと貴重さ」を表現した言葉である。

"シャンデリアの街で眠れずに トランジスタラジオでブーガールー"という鮮烈な一節で始まる代表曲「アンジェリーナ」佐野元春がデビューしたのが1980年3月21日。フォーク〜ティンパン周辺に代表されるようなシティポップ・はっぴいえんどなどの初期の日本語ロックが一応の収束を見せ、ちょうど日本が熱烈なアイドル・歌謡曲ブームとパンク/ニューウェーブなどのアングラな音楽とを両方生み出すようになってきた時代だった。

「ロックンロールのダイナミズムを日本語で表現する」という佐野の目標。それは強烈なビートと歌詞との融合ということであり、それには強烈な言葉が必要だった。それを佐野元春は見事にやってのけた。都市の若者を描いたその独特の言語感覚は「アンジェリーナ」の頃から既に花開いていた。

1stアルバム『Back To The Street』はセールス的には振るわなかったものの、続いて1981年には2ndアルバム『Heart Beat』を発売する。同年6月シングル「Someday」をリリース。後に佐野元春の代表曲として語られる名曲である。

さらに1982年には初の完全セルフプロデュースアルバム『Someday』をリリース。後に「このころは正直ヒットが欲しかった」と語っている佐野だが、この『Someday』はオリコンチャートで4位を記録。この時点で一般的なリスナーにも名前が知れ渡り「佐野元春」のイメージが定着する。

ちなみにこのアルバムの前には杉真理と共に大瀧詠一主導の『ナイアガラトライアングルVol2』に参加しており、そこで大瀧のレコーディングに対するこだわりを目の当たりにしたことは、デビューから日の浅い佐野にとっては貴重な経験であった。現に『Someday』ではエンジニアの吉野金次と共にサウンド面での実験も積極的に行っていた。

初期のコンセプト「都市に息づく(少年・少女の)イノセンス」を完成させた佐野は、アルバムのヒットの後の絶好のチャンスにもかかわらず1983年に突然単身渡米。その間国内では編集アルバム『No Damage』が発売され、決定的な「佐野元春ブーム」が巻き起こる。

1984年に帰国した佐野元春は、米・ニューヨークに滞在中に作り上げたアルバム『Visitors』をリリースする。このアルバムはオリコンで1位を記録するが、当時ニューヨークで勃興していたヒップホップを意識した音作りやボーカルスタイルを取り入れたこの作品は賛否両論を巻き起こす。しかしヒットアルバムの後でもあえてこのようなラディカルな作品を果敢に発表する佐野のスタイルは、結果的にリスナー・関係者の信頼を得る結果になった。

その後も佐野元春は自分自身のバンド"The Heartland"を引きつれて、ジャパニーズロック/ポップスの80年代を代表するアルバム『カフェ・ボヘミア』『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』といった傑作アルバムを作り上げていく。もちろんツアーも積極的に行い、それに呼応する形でさらなるファンを獲得していった。

また佐野元春はデビュー当時からメディアや新しいカルチャーといったものに強い関心を抱いており、通常のアーティストとしての活動の他にも自身が編集長を努めるカルチャー雑誌『This』の創刊や、ポエトリーリーディングの発表、さらにポエトリーリーディングと詩集・写真集をパッケージしたカセットブック『Electric Garden』の発表など、意欲的に活動した。

90年代に入るとよりポップな作品が目立つようになる。1990年の『タイム・アウト!』に続き1992年に発表した『スウィート16』での迷いの無い佐野元春ロックンロールは、日本のロック90年代の傑作と評され、同時期に発表されたシングル「約束の橋」佐野元春には珍しいドラマのタイアップソングということもあり大ヒットを記録した。

その後1993年には一転して重厚な手触りのソウルフルなアルバム『サークル』を発表。その後の世相の混迷を予測したかのような哲学的な歌詞と渋いトラックの間に、希望を歌う楽曲が混在する不思議なアルバムだが、成熟を感じさせる傑作。このアルバムにはオルガンにブルーアイドソウルを代表するベテラン・オルガン・プレイヤーであるジョージ・フェイムが参加した。

長年を共にしたバンド"The Heartland"を解散した佐野は、純然たるソロ作であるという事を強く感じさせる超ポップなアルバム『フルーツ』をリリース。97年には新たなバンド"Hobo King Band"を携え、ジョン・サイモンのプロデュースで『The Barn』を発表。ポップなザ・バンドといった趣のこのアルバムにはガース・ハドソンやジョン・セバスチャンも参加していた。

降谷ケンジとの共演などを含む『Stones and Eggs』を経て、2000年代に入るとしばらくはデビュー20周年の編集盤のリリースが続く。中でも90年代後半の作品を中心に、Bonnie Pinkとの新録共演作などを収録した『グラス』は新しい佐野元春を知るにはぴったりの作品。

しばらくオリジナルリリースが落ち着いた状況が続き、スポークンワーズアルバムの発売や過去作の編集盤のリリースを経て2004年7月にアルバム『The Sun』を発表。このアルバムは前述の通り従来から所属していたエピックレコードからではなく、自ら設立したレーベル"Dasy Music"からのリリースとなった。

目下の最新作『The Sun』は、ジャムバンドマナーのグルーヴとシンプルに発せられる言葉に佐野の新機軸を感じることができるアルバム。シンプルな楽曲群ではあるが、強烈なメッセージに満ちており、まるで佐野元春と対峙しているかのような生々しい感触に満ちている。


日本のシーンで間違いなく重要な存在であるはずのアーティストなのに、決して安住することなく次々と新しいスタイルを模索していく佐野元春。そのスタイルは例えばニール・ヤングを思わせる。今やあまり「ライオン」と評されることは無くなったが、これからもまだ当分ロックンロールの原野で吼えつづけてもらわなければ困るのである。

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