村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で話題の音楽
Saturday, April 13th 2013
村上春樹の新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に何度も繰り返し登場して話題のベルマンによるリストの『巡礼の年』は、リストの名技的な有名曲とはだいぶ雰囲気の異なる作風が持ち味となっているピアノ音楽。
中でも特に登場回数が多く、キーになるモティーフとして重要な役割を果たしているのが第1年「スイス」の中に含まれる第8曲「ル・マル・デュ・ペイ」です。
通常は「郷愁」や「望郷」というタイトルで知られていますが、村上春樹は敢えて原語をカタカナ表記し、さらに「田園風景が人の心に呼び起こす、理由のない哀しみ」という訳を付すことでイメージを先鋭化しています。
また、小説の終盤、シベリウスの生地を舞台とした場面ではアルフレート・ブレンデルによるCDも登場させてベルマンの演奏との比較もおこなうなど、クラシックに造詣の深い村上春樹ならではのこだわりもみせています。
この曲は、若きフランツ・リストが、当時ベストセラーとなっていた小説『オーベルマン』から着想を得て作曲されたもので、主人公のオーベルマンが、自分の死に場所は故郷のアルプスであると、友人へのパリからの手紙に綴った郷愁の念を描いています。
その小説『オーベルマン』は、フランスの作家エティエンヌ・ピヴェール・ド・セナンクール[1770-1846]によって書かれた書簡形式の文学作品で、貧富の格差が拡大していた社会の実像に触れた内容もあって、19世紀前半のヨーロッパにちょっとした自殺ブームをもたらしたともいわれるユニークなベストセラーでもありました。
「ル・マル・デュ・ペイ」というタイトルは、その小説『オーベルマン』に由来するもので、この曲と関わりの深い第6曲「オーベルマンの谷」では、作品の中の文章も長く引用して「序文」として掲載、青年オーベルマンの成長と葛藤を通して、現代の世の中にも通じる社会の不条理を鋭く描き出した作家セナンクールに対する作曲家リストの深い共感が窺えます。
ちなみにこの「ル・マル・デュ・ペイ」は、『巡礼の年』第1年「スイス」に含まれているものなので、第1年「スイス」の入っていない『巡礼の年』の抜粋盤などでは聴くことができません。
『巡礼の年』は、リストが20代から60代にかけて書いたピアノ作品集で、スイスやイタリアにまつわる印象や人生での経験などを詩情豊かに描いており、そのイメージの鮮やかさは絵画的とも称えられるほど。
小説に登場する「ル・マル・デュ・ペイ」は、中でも人気の高い若き日の傑作、第1年「スイス」の中の第8曲にあたるものです。
第1年「スイス」は、バイロン、セナンクール、シラーという文豪の作品にインスパイアされて書かれたもので、『巡礼の年』として発表されるより以前に『旅人のアルバム』として発表されたという経緯もあります。そのため、旅と文学との関わりの深い作品集とみることもできます。
『超絶技巧練習曲集』の強烈演奏で知られるラザール・ベルマンのもうひとつの代表盤がこの『巡礼の年』全曲盤。1977年にミュンヘンでセッション・レコーディングされており、アナログ完成期の収録だけに音質も上々の仕上がりとなっています。
アルプスにまつわる文学作品にインスパイアされた第1年、イタリア・ルネッサンス芸術への感動を表した第2年、ヴェネツィアとナポリゆかりの旋律をとりあげた第2年補遺、晩年のエステ荘での静かな生活を反映した第3年と、それぞれ明確な個性を持った曲集に、リスト弾きベルマンが、持てる表現力のすべてを投じてアプローチした名演。
詩情豊かな「オーベルマンの谷」や「ル・マル・デュ・ペイ」、「ペトラルカのソネット」、豪快な技が冴える「ダンテを読んで」、華麗な「タランテラ」、清らかな「エステ荘の噴水」等々、どれも見事な仕上がり具合。有名な『超絶技巧練習曲』とは大きく異なる、リストの味わい深い魅力が満開です。
そのベルマンによる全曲録音は、通常の全曲盤のほか、リストの作品を集めた16枚組ボックス、リストの主要作品を集めた34枚組ボックスにも収録されています。
ラザール(ラーザリ)・ナウモヴィチ・ベルマンは、1930年2月26日、レニングラードに誕生し、2005年2月6日、フィレンツェの自宅で亡くなっています。
ベルマンは2歳からペテルブルグ音楽院出身の母にピアノを学び、その後、レニングラード音楽院付属の早期英才グループでサフシンスキーに師事。1934年、4歳のときに最初のリサイタルを開いて自作を演奏し、7歳では初めてのレコーディングをおこない、9歳でモスクワ音楽院に入学、。高名なゴリデンヴェイゼル(ゴールデンワイザーとも)に23歳までの長期間にわたって師事し、この19世紀生まれの巨匠から絶大な影響を受けることとなります(「私は19世紀の人間であり、ヴィルトゥオーゾと呼ばれるタイプに属しています」と自らを語った有名な言葉の背景にはゴリデンヴェイゼルの存在が大きいようです)。
1951年にはベルリンで開かれた国際青少年音楽祭で第1位、1956年にブダペストのリスト国際ピアノ・コンクールで第1位となります。
モスクワ中央音楽院卒業後は、ソ連国内と東欧諸国でさかんに演奏活動をおこない、特にハンガリーで「リストの再来」として高い評価を獲得します。1958年にはロンドンにもデビューしますが、1960年代に入るとコンサート活動から次第に遠ざかるようになります。
その間、再びピアノの研鑽に励み、思索を深めたベルマンのピアノは、以前の名技至上主義的なものから、音楽の内容を深くつかみとろうとするものに変わって行き、1971年にはイタリアにデビュー、1976年にはアメリカにデビューしてセンセーショナルな成功を収めることとなリます。日本へも1977年以来何度か訪れており、演奏のほか、教育活動にも熱心なところを見せてくれました。(HMV)
Disc1 [48:29]
『巡礼の年』第1年「スイス」
・ウィリアム・テルの礼拝堂
・ワレンシュタット湖畔で
・パストラール
・泉のほとりで
・夕立
・オーベルマンの谷
・牧歌
・ル・マル・デュ・ペイ(郷愁)
・ジュネーヴの鐘
Disc2 [71:03]
『巡礼の年』第2年「イタリア」
・婚礼
・物思いに沈む人
・サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ
・ペトラルカのソネット第47番
・ペトラルカのソネット第104番
・ペトラルカのソネット第123番
・ダンテを読んで−ソナタ風幻想曲
『巡礼の年』第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」
・ゴンドラの漕ぎ手
・カンツォーネ
・タランテッラ
Disc3 [56:37]
『巡礼の年』第3年
・夕べの鐘、守護天使への祈り
・エステ荘の糸杉に寄せて−葬送曲(第1)
・エステ荘の糸杉に寄せて−葬送曲(第2)
・エステ荘の噴水
・哀れならずや−ハンガリー風に
・葬送行進曲
・心を高めよ
ラザール・ベルマン(ピアノ)
録音時期:1977年5月
録音場所:ミュンヘン、アルター・ヘルクレスザール
録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
プロデューサー:ヴェルナー・マイヤー
エンジニアー:ハンス=ペーター・シュヴァイクマン
小説の中では、第2年「イタリア」についても言及されているので、それらすべてを聴くにはやはり全曲録音が便利です。いわゆる「リスト弾き」として知られるピアニストの録音では、ベルマンのほか、フランス・クリダ、ホルヘ・ボレット、アルド・チッコリーニがありますし、現役世代では、フランスのニコラ・アンゲリッシュ、ベルトラン・シャマユ、カナダのルイ・ロルティ、ドイツのミヒャエル・コルスティック、ブルガリアのユリアン・ゴルス、リトアニアのムーザ・ルバツキーテ、イギリスのレスリー・ハワード、ハンガリーのイェネー・ヤンドー、アメリカのジェローム・ローウェンタールなどがあり、さらに変わりダネとしては、ドイツのラグナ・シルマーによるジェズアルドとマレンツィオのマドリガルとの組み合わせ演奏というものもリリースされています。
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ベルマンの『巡礼の年』
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Annees De Pelerinage: Berman
Liszt (1811-1886)
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ベルマンの『巡礼の年』
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Lazar Berman The DG Recordings (10CD)
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"The Complete ""Year of the Pilgrim"" Bellman (3CD)"
Liszt (1811-1886)
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ブレンデルベの『巡礼の年』ほか
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Liszt (1811-1886)
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The Colorless Tsukuru Tasaki and the Year of His Pilgrimage
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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 文春文庫
Haruki Murakami
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