ベルカント・オペラの知られざる注目作品
ニコラ・ヴァッカイ『メッシーナの花嫁』(2CD)
古代ギリシャ悲劇に想を得て、戯曲に合唱を登場させるというユニークな手法で知られるシラーの悲劇『メッシーナの花嫁』に関わる音楽といえば、まず、シューマンの序曲が有名ですが、ほかにもいろいろな作曲家がこの戯曲にまつわる作品を書いています。
【人気の戯曲】
シューマンは『メッシーナの花嫁』のオペラ化も考えたものの断念して序曲のみ残されていますが、ほぼ同じ時期に、オーストリアの作曲家、ヨハン・ルフィナッチャ[1812-1893]も、同じくこの曲のために演奏会用序曲を書いているのが興味深いところです。
それよりも少し前には、ハンガリーの作曲家で、ベートーヴェンにも認められていたヤーノシュ・フス[1777-1819]が、初演されて間もない『メッシーナの花嫁』のための序曲を書いており、ピアノ編曲もおこなっていたといいますから、シラーの戯曲の人気には大きなものがあったのでしょう。時代が下り、1883年になると、チェコの作曲家ズデニェク・フィビフ[1850-1900]が『メッシーナの花嫁』をオペラ化していますが、それに先立つこと44年の1839年の初演されたのが、今回登場するニコラ・ヴァッカイによる『メッシーナの花嫁』のオペラです。
【とんでもない筋書き】
『メッシーナの花嫁』はストーリーが強烈なことでも知られています。舞台はシチリア島のメッシーナ。夫の大公を亡くしたばかりのイザベラは、もともとは夫の実の父の花嫁になるはずだったのですが、夫の略奪によってその妻となってしまった女性。
大公夫妻には二人の男の子と一人の女の子がいましたが、女の子は、生まれてすぐに修道院に入れられてしまったため、男の子たちは二人兄弟として成長。
大人になった兄は、ある日美しい修道女(実は妹)と出会って恋仲となり、その後、別の機会にその修道女と出会った弟も、その女性を好きになってしまいます。やがて自分の好きな修道女が兄と恋仲であることを知った弟は、嫉妬やふだんの恨みから兄を刺し殺してしまうという、かなり刺激的で不道徳な内容です。
【ニコラ・ヴァッカイ】
作曲家のヴァッカイ[1790-1848]は、ベルカント時代のイタリアのオペラ作曲家で、ベルカントという言葉を声楽様式に最初に使ったとされている人物。ベッリーニ[1802-1835]とがライバル関係にあり、たとえば、ベッリーニの名作『カプレーティとモンテッキ』も、元々はヴァッカイのオペラ『ジュリエッタとロメオ』のために書かれた台本を改訂してそれに作曲したもので、その後、名歌手のマリブランがフィナーレをヴァッカイに置き換えたヴァージョンで上演して成功すると、別な歌手によってもその複合ヴァージョンでの上演が何度もおこなわれたという史実もあります。
『メッシーナの花嫁』はその不道徳な内容もあってか、1839年におこなわれた初演は不評で、以後、歴史に埋もれることとなってしまった作品です。
【魅力ある作品の優れた録音】
今回のアルバムは、ドイツのヴィルトバートで開催されたベルカント・オペラ・フェスティヴァルでライヴ録音されたもので、非常に貴重な復活蘇演となります。
演奏会形式での上演のため、オーケストラ・パートもしっかり聴こえ、重要な役割を果たす合唱もクリアに捉えられ、ソリストの声もセッション録音なみの質感で収録されているのが嬉しいところ。作品の随所に散りばめられた滑らかで美しい旋律は、ヴァッカイがベッリーニのライバルであったことを証明するものと思われますし、群集心理を合唱に歌わせたシラーの意図を生かした効果的な合唱の用法も面白く聴くことができます。
日本のメゾ・ソプラノ、小野和歌子さんのベアトリーチェ役はじめ、歌手陣も優れており、作品を隅々まで理解するのにふさわしい高水準な演奏&音質のアルバムとして、ベルカント・オペラ・ファンには大歓迎されるアルバムの登場です。(HMV)
【収録情報】
・ヴァッカイ:歌劇『メッシーナの花嫁』全曲 [103:32]
ドンナ・イザベラ:ジェシカ・プラット(ソプラノ)
ドン・エマヌエレ:フィリッポ・アダミ(テノール)
ドン・チェザーレ:アルマンド・アリオスティーニ(バリトン)
ベアトリーチェ:小野和歌子(メゾ・ソプラノ)
ディエゴ:マウリツィオ・ロ・ピッコロ(バス)
ブルノ・クラシカ室内合唱団
ヴィルトゥオージ・ブルネンシス
アントニーノ・フォリアーニ(指揮)
録音時期:2009年7月15-18日
録音場所:バート・ヴィルトバート、クアザール
録音方式:デジタル(ライヴ)