マーラー『子供の不思議な角笛』、7つの最後の歌
トーマス・E・バウアー、ウタ・ヒールシャー
日本語解説付き
記念年で盛り上がった知識欲をさらに深めてくれるのが、音楽学をふまえ周到・良心的なアルバム制作を続けてきたレーベル「Ars Musici」。訳詞付でお届けするのはインマゼールやヘレヴェッヘらの共演者として知られるドイツ屈指の才人歌手、バウアー。
このところ日本でも歌う機会を得て、そのまたとない存在感を発揮しつづけている現代ドイツ屈指の名歌手、トーマス・E・バウアー。近年ではインマゼールが古楽器集団アニマ・エテルナとのベートーヴェン交響曲全集録音(ZZT080402)で「第九」のソリストとして招き、さらにその後は『冬の旅』(ZZT101102)でも共演、『レコード芸術』特選に輝いたのが記憶に新しいところです。そのほかにもヘレヴェッヘのバッハ録音で独唱をつとめていたり、近年は知る人ぞ知る古楽声楽界の大御所フリーダー・ベルニウスの録音にもクレジットされていたりと、故郷ドイツに限られない、ヨーロッパ全体を見据えた古楽シーンでの大活躍がめだちます。
収録作品はきわめて話題の多い作品。『子供の不思議な角笛』はマーラー自身がピアノ版を作成していながら、20世紀の末まではオーケストラ版から再構成された別人によるピアノ版の楽譜だけが正規流通していたもの。また『7つの最後の歌』は『リュッケルト歌曲集』の初版で、リュッケルト作詩でないこともあって後年は『角笛』の方に編入された「死んだ少年鼓手」および「少年鼓手」を含む、連作としての性質が微妙に異なる異版。こちらもマーラー自身のピアノ伴奏版が残っています。
バウアーは古楽にも精通した歌手として、それらの楽譜を作曲者本人の自筆譜などとも周到に比較検討。さらに長年タッグを組んで密なリサイタル活動を続けてきたピアニストのヒールシャーも、歌曲をよく知る演奏家の、またピアニストとしての立場から、これらの楽譜に対しては一家言ある人。嬉しいことに、本盤には彼ら二人の深い作品理解をわかりやすく解き明かしてくれる、長大なインタビューが解説書に添えられているのです。読んでいてもいろいろ考えさせられる「演奏者側の意見」がたっぷり。そして肝心の演奏がまた実に巧みでしなやか。詩句ひとつひとつのニュアンスをきれいに浮き彫りにしながら、ピアノもその歌の味わいを絶妙に引き立て、あるいは自己主張してみせます。「マーラーの場合、ピアノ版とオーケストラ版には明確に違う音響感覚が感じられる」という伴奏者ヒールシャーの意見にも頷ける、ピアノ伴奏版の存在意義をあらためて強く印象づけてくれる名演なのです。
解釈・解説・歌詞日本語訳と全て揃った上で、マーラーの創意の進展をじっくり追ってゆける充実盤。どうぞお見逃しなく。(Mercury)
【収録情報】
マーラー:
・7つの最後の歌〜『リュッケルト歌曲集』初版(1910)
・歌曲集『子供の不思議な角笛』より(作曲者ピアノ版にもとづく校訂版)
トーマス・E・バウアー(バリトン)
ウタ・ヒールシャー(ピアノ)
録音時期:2002年
録音方式:デジタル(セッション)