CD

ヒカシュー

Hikashu
User Review :4.0
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Item Details

Genre
:
Catalogue Number
:
EGDS41
Number of Discs
:
1
Label
:
Format
:
CD
Other
:
Paper Sleeve, Remaster

Product Description

1978年頃から、ドイツのクラフトワークやアメリカのデイーヴオといったクルーフによって始まったテクノポップのムーヴメントは、やがて日本でもセンセーションを巻き起こし、YMOを筆頭に、プラスチックス、P−モデル、ハルメンズ、−風堂、ジューシー・フルーツ、など様々なグループが誕生しましたが、その中でも特に過激なパフォーマンスで異彩を放っていたのが、ヒカシューでした。

あれから30年余、上記のバンドたちもすべて、遠い伝説のようになってしまいましたが。しかし、このヒカシューだけは現在もなお、かつてと変わらぬペースで活動を続けているのです。

その彼らの記念すべき、今も評価の高い初期のアルバムが、こうしてまた世に出ることとなりました。久々にお聴きになる方も初めて耳にするヤングも、かつてのテクノ・ブームのムードを楽しみつつ、彼らの音楽の息の長さの秘密を探ってみて下さい。

とりあえず、デビュー時のメンバー構成をこ紹介しておきましよう。
巻上公− ベース、リード・ヴオーカル
海淋正道 ギター、ヴオーカル
井上誠  シンセサイザー、メロトロン
山下康  シンセサイザー、リズムマシン
戸辺哲  サックス、ギター、ヴオーカル
そしてゲストとして、ドラムに、当時はハルメンズに在籍し、3rdからヒカシューに参加した泉水敏郎(2・3・4・11)とジューシー・フルーツの高木利夫(1・7・9)の2人が演奏に加わっています。

▽ヒカシューのできるまで△
1970年頃、同じ中学の美術部で知りあった巻上と井上は1973年、東京キッド・ブラザースに参加、解散後も巻上はロンドンの劇団ルミュエ−ル&サンやミスター・スリムカンパニーなどに参加。1977年から自分で演劇のフロデュースを始め、その音楽を担当するメンバーの中に井上と山下がいた。
井上と山下は吉祥寺の羅宇屋のマスター、若林と3人でヒカシューを結成。命名は山下。「ピックリしたときに使う造語」と後に説明きれるが、本来の意味は別にあるらしい(巻上は「悲歌集」だ、と言っている)。この時のヒカシューはインド音楽を演ってたそうだ。一万、巻上は高校の同級生だった海琳と、その友人の弟である戸辺と、ル・インチを結成。セッションにあけくれる。ル・インチとは中国語でテープのこと。

この2グループが合体し、ヒカシューとなり、演劇よりバンドのほうが可能性が大きいと、若林を除く5人のメンバーでライヴ活動を始める。1978年、練馬のアパートで共同生活に入り、部屋にこもってデモテープを制作。その年の暮れ、ニッポン放送に近田春夫を訪ね、テープを渡したところ、翌日「せひプロデュースしたい」との電話を受ける。当時ラジオDJとして人気のあった近田が、TBS「東京ロッキンタイム」という深夜番組の中でもそのテープを流し、マニアの間で評判となり、ヒカシューのライブも着実に動員が増えていく。

渋谷ナイロン100%や新宿ロフトなどで様々なバンドとジョイント、パンク系との共演も多かったが、やがてP−モデルやプラスチックスなど志を同じくするバンドと活動を共にするようになった。

1979年8月からいよいよレコーディング開始。10月に先行シングルとして「20世紀の終りに」発売。そして1980年2月に、このファーストアルバム『ヒカシュー』がリリース、となる。

では、それぞれの曲についても、当時のライブの雰囲気も混じえて、触れておきます。

1 レトリックス&ロジックス
コンピュリズムCR−78のトリガーで、ジュピター4と同期させシーケンス・フレーズを作ってます。なんて懐かしい機材の名前を並べたくなる最もアナログ・テクノ感の強いナンバー。歌詞は巻上の愛読書、ポール・グッドマン「ことば、そして文学」からモチーフを得ていると言われる。

2 モデル
クラフトワークの名作「人間解体』収録のナンバーをカバー。1982年にシングルでも発売。原曲のシンセのフレーズを海淋がギターでコピーしているのがミソ。後でラルフ・レコードの異色ミュージシヤン、スネーク・フィンガーは(1986 年没)もこの曲をカバーしたが、原曲よりヒカシュー・バージョンに影響を受けているようだ。

3 ルージンク・マイ・フューチャー
このアルバムでは最もスピード感のあるナンバー。トベヤゲヤーという叫び声は赤塚不二夫マンガの影響か? ライヴでは、イーノのカバー「ペイビーズ・オン・ファイヤー」(なんと井上がボーカル)とメドレーだったりした。

4 ティスト・オブ・ルナ
ライヴでは海琳ギターのインプロがイントロにくっついたりした。歌詞も「君のモモ」を「君の足」と言い変えたりしてた。月は人を狂わせる。ルナティツクてのは精神異常の意味ですから、そんなムードも意図してるのだろうか。

5 20世紀の終りに
デビュー・シングル。テレビ番組でもたびたび演奏しヒット曲となりました。歌メロは日本的ですが、間奏はロシア民謡風。海淋がいちいちSE的に変な声の合いの手を入れるのがおかしい。

6 プヨプヨ
初期メンバ−の若林がシタールで参加してる。山下は10分で作曲したという。ライヴで巻上はマイクを口にくわえ、アドリフで「帰ってこいよ」とか「赤いキツネが食えるか」などと言っていた。彼らの初のワンマン・ホール・コンサートのタイトルは『プヨプヨ・オペラ』(1980年10月、久保講堂)であった。ファンの問で人気N0.1の名曲。

7 ラヴ・トリートメント
巻上の演劇的ボーカルが大きく生かされたナンバー。その声量の豊かさと表現力は、当時の新人バンドのポーカリストの中でも群を抜いていた。デビュー前のキャリアを考えれば当然であるが。

8 炎天下
スージー&バンシーズの作品のコード進行にヒントを得て海琳が作った。間奏では井上のメロトロンによるせみの声やキングギドラの声が聴ける。歌詞は、この曲だけ正式に発表されていない。

9 何故かバ一ニンク
心理学者の名前を歌詞に織り込んでも、知性派を気取ってるふうに聞こえないのが巻上のいいところ。どちらかというと「野性の王国」指向がうかがえる。ライヴではイントロにコーラスが付いていた。

10 ヴイニール人形
ジャージーなムード。昭和30年代の日活アクション映画のパックに流れてる感じ。戸辺の唯−の作詞だが、夢野久作を愛読するという、彼らしいイメージ。

11 雨のミュージアム
海琳がシャンソン歌手になったつもりで作ったそうだ。エゴン・シーレは巻上が最も好きな画家。まねたポーズはその自画像であろうか。

12 幼虫の危機
1978年7月に企画した同名の演劇のために書かれた曲。後半の少年コーラスとフリー・ジャズっぽいサックス・ソロが圧巻。スケールの大きさを感じさせる。

しかし、今聞いても実に新鮮、というか現在のロック界に、これほどのオリジナリティとクォリティの高さを持ったアルバムがあるでしょうか。コレで興味を持たれた方は、そして、初期のナンバ−もしばしば演奏されている、最近のライヴにも足を運ばれてはいかがでしょう。

岸野雄一/加藤賢崇
(89年8月、東芝EMIより最初のCD化の際に書かれたものをリライトしました)

Track List   

  • 01. レトリックス& ロジックス
  • 02. モデル
  • 03. ルージング・マイ・フューチャー
  • 04. テイスト・オブ・ルナ
  • 05. 20世紀の終りに
  • 06. プヨプヨ
  • 07. ラヴ・トリートメント
  • 08. 炎天下
  • 09. 何故かバーニング
  • 10. ヴィニール人形
  • 11. 雨のミュージアム
  • 12. 幼虫の危機

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'80年発表。大阪のヴァニティ用だったデモ・テープを...

投稿日:2009/07/12 (日)

'80年発表。大阪のヴァニティ用だったデモ・テープを気に入り、近田春夫がプロデュース。全曲リズム・ボックスだった原曲を、高木俊夫、泉水敏郎らドラマーの音に一部差し替え、素人っぽいマスキングなどを取り除いた端正なプロデュースでメジャー化を実現。「20世紀の終わりに」はラジオ、テレビでパワープレイされた。伝説のA&R石坂敬一は巻上公一の個性的な声に惚れ込み、以降もずっとサポートしているほど。コントーションズに感化されたサックス奏者もいる編成は、テクノ御三家の中でももっとも生々しく、クラフトワーク「モデル」のカバーも血が通う有機的サウンドに。「プヨプヨ」などで聴ける山下康曲の変拍子はザッパ仕込み。

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