イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む 平凡社ライブラリーoffシリーズ

宮本常一

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784582764536
ISBN 10 : 4582764533
フォーマット
出版社
発行年月
2002年12月
日本
追加情報
:
16cm,285p

内容詳細

西の大旅行家の名紀行を、東の大旅行家が読む…。宮本が全国を行脚して得た生の見聞が、一英国人女性の旅行記から、明治期の日本人の姿を浮かび上がらせ、日本民族と日本文化の基層を成す岩盤を深く鋭く穿つ傑作。

【著者紹介】
宮本常一 : 1907年山口県周防大島生まれ。民俗学者。23年、出郷、大阪逓信講習所を卒業して、大阪の郵便局に勤務。のち、天王寺師範学校を卒業。さらに、同校専攻科に入り、地理学を専攻。同科卒業後、小学校教師を務めるかたわら民俗学を志し、29年上京、渋沢敬三のアチック・ミューゼアム(のちの日本常民文化研究所)に入る。30年、雑誌「旅と伝説」に応募した昔話で柳田国男に見出される。その後大阪に戻り、小学校教師を務めながら、「口承文学」の創刊や「近畿民俗」を発刊するなど、研究を深める。39年、再び上京、アチック・ミューゼアム所員。45年から48年には大阪府の嘱託として農業指導や農地解放を指導した。その後、日本常民文化研究所所員(52年)、全国離島振興協議会初代事務局長(53年)、武蔵野美術大学教授(65年)、日本観光文化研究所所長(66年)などを務めた。その間、木下順二らと「民話」(58年)や「あるくみるきく」(67年)などの雑誌を刊行した。1981年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • KAZOO さん

    イザベラ・バードの日本奥地紀行をわかりやすく宮本常一さんが読み解いてくれる本です。話し言葉でわかりやすく当時の日本の状況がわかるようです。味噌汁が外人にとっては何なのか不明で気味悪い、とか、のみがそんなに多かったのかということが今生活している自分たちにはわからない、というか遠い時代になってしまったのでしょう。原文もそのうち読んでみたいと思っています。

  • あきあかね さん

     明治の黎明期に東北、更には蝦夷地まで旅をしたイザベラ·バードは、冷静で客観的な眼と、愛情を持った温かな眼で、当時の日本人、日本文化を書き記した。 本書では、日本列島津々浦々をくまなく歩き尽くした民俗学者宮本常一の該博な生きた知識によって、バードの体験がより深く、重層的なものとなっている。 例えば、青森で出会った当時のねぶた。「私は、このように全くお伽噺の中に出てくるような光景を今まで見たことがない。提灯の波は揺れながら進み、柔らかい灯火と柔らかい色彩が、暗闇の中に高く動き、提灯を持つ人の姿は暗い影の中⇒

  • 清水勇 さん

    この本は、明治11年に通訳を付け女性一人で東京から日本海経由で北海道迄旅した英国人イザベラバードの旅行記をテキストとして40年前に行われた民俗学者宮本常一氏による講読会での話。イザベラ女史も凄いが宮本氏も凄い方で、大正末期から戦後にかけ日本列島津々浦々を踏破(16万km)。山深い僻村や絶海の孤島で古老達から貴重な聞き取りを行って得た記録に残らぬ日本民俗の知見を有する。イザベラの旅行記を宮本氏がその知見を駆使して解説することで、当時の民衆の実態を知ることができる。凄い二人の組み合わせをワクワクして楽しんだ。

  • pugyu さん

    原本は読んでいませんが、講義を聴いてるスタイルで面白く読みました。外国人からみたフラットな日本。好奇心が強く、礼儀正しく、子供を大事にする。今に通じるところもあるし、失ってしまったところもある。イザベラバードの紀行文から著者が他の地域と比較したり類似を出してくれたり面白かった。アイヌの話はもっと解説してもらいたかった。

  • filter さん

    先に『日本奥地紀行』を読まないと勿体ないので、これから読まれる人は是非イザベラ・バードさんの本書を読む事をお勧めします。 『日本奥地紀行』の中で語られた事に対する深いつっこみが素晴らしい。

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人物・団体紹介

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宮本常一

1907年(明治40)〜1981年(昭和56)。山口県周防大島に生まれる。柳田國男の「旅と伝説」を手にしたことがきっかけとなり、柳田國男、澁澤敬三という生涯の師に出会い、民俗学者への道を歩み始める。1939年(昭和14)、澁澤の主宰するアチック・ミューゼアムの所員となり、五七歳で武蔵野美術大学に奉職

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