曲の存在は知っていましたが、実際に耳にするのは初めて。それもそのはず、当盤が“世界初録音”だそうで。1991年12月5日、モーツァルト逝去。それから10日も経たない12月14日、モーツァルトが愛し、モーツァルトを愛したプラハで盛大な追悼式が開かれました。そのときに演奏されたのがボヘミアの作曲家アントニオ・ロセッティ(1750−1792)の《レクイエム》。式場となった市街広場横の聖ミクラーシュ教会には四千人が集まったといいます。当日、エステート劇場(!)のヨセフ・ストローバッハが指揮したこのレクイエムは、実際には追悼式のための新作ではなく(ウィーンでの死を知って一週間ではねぇ…)、ストローバッハの友人であったロセッティがエッティンゲン・ヴァラーシュタイン公クラフト・エルンスト夫人の葬儀(1776年)のために書いたレクイエムを改作したものであることが1991年になってわかったのです。このいわばプラハ版は、ベネディクトゥス、アニュス・デイが補作されたのですが、補作者については不明だそうです。補作部分は両者で5分程度、といってもレクイエム全体で演奏時間25分にもなりません。変ホ長調ということで、明朗に終始し劇的な展開があるわけでもありません。唯一、イントロイトゥスの「Te decet hymnus Deus in Sion」が短調で進むくらいで、続誦のディエス・イレなんぞはまるでサンクトゥスのごとし。かように曲自体はさほどのことはないのですが、まあ、いにしえプラハ市民のモーツァルトへの愛に想いをいたすべし…、といったところでしょうか。メーズス指揮の演奏は立派。ロセッティの他の珍しい作品がSACDで聴けるのもうれしいです。そうそう、忘れてならないのは当盤の録音会場こそ追悼式の舞台となった聖ミクラーシュ教会(バロック様式が美しい)ということですね(ジャケットも)。これでまたボヘミアのレクイエムが増えました。ボヘミアのレクイエムといえば、古くはアダム・ミフナ(1600?−1676)や近年とみに評価の高いヤン・ディスマス・ゼレンカ(1679−1745)、モーツァルトの先輩ヤン・ザッハ(1699−1773)、モーツァルトの後輩では木管室内楽で鳴らしたアントニン・レイハ[ライヒャ](1770−1836)、名教師ヤン・ヴァーツラフ・トマーシェク(1774−1850)の諸作品(いずれも音盤有り)が知られるところですが、まだあるものですね。如上のレクイエムを聴いたのち、あらためてモーツァルトのレクイエムを聴くと、未完であり、かつ補作がどうのこうのと問題が多々あっても、そこはやはりモーツァルトであることよ…と独りごちせる私でありました。詳しくは銀蛇亭贅語で。