ウィリアム・カペル全録音集（１１ＣＤ）

ウィリアム・カペル全録音集（１１ＣＤ）
ＲＣＡ９ＣＤボックス＋放送録音２ＣＤ

飛行機事故により、31歳の若さで落命したウィリアム・カペル[1922-1953]の芸術は、没後70年となる現在でも根強い人気を保っています。
　カペルはロシア人とポーランド人の両親のもと、ニューヨークに生まれ、早くから才覚を示し、やがてはホロヴィッツも羨むほどの実力派人気ピアニストとなります。
　カペルといえば、1998年に未発表を含む全録音を集めて発売され人気を博したRCAの9枚組ボックスセットが有名で、その10年後に発表された事故死直前のオーストラリア・ツアーでの放送音源を集めた2枚組と共に、折に触れ注目されてもきましたが、今回のセットはその両方をまとめ、かなりのプライスダウンをおこなったものとして大いに注目されるところです。
　なお、このセットにはブックレットは付いておりません。トラック表は、各ディスクの紙ジャケットに記載されています。（ＨＭＶ）

【カペルと不吉な予言／はんぶる・ドットこらむ第12回】
　ウィリアム・カペルは、アイドル・スターのような人気を誇ったという。20歳代と若く、ハンサムだが翳のある容貌に、同時代の女性ファンたちは熱狂した。
　アイドルには「ヒット曲」がつきものである。カペルの場合、それはソ連の作曲家アラム・ハチャトリアンのピアノ協奏曲だった。
　この作品の作曲は1936年、アメリカで初演されたのは６年後の1942年３月14日のことである。ニューヨークのジュリアード音楽院でおこなわれたその演奏のソリストは、アルメニア出身のマロ・アジェミアン、伴奏はアルバート・フレデリック・ステッセル指揮のジュリアード卒業生オーケストラだった。
　アメリカが第２次世界大戦に参戦して４ヶ月、連合国たるソ連の音楽は、共闘の決意を示すためにも歓迎されていた。そしてこのアメリカ初演を客席で聴いた指揮者エフレム・クルツは、ルイゾーン・スタジアムでおこなうニューヨーク・フィルのサマー・コンサートで、この曲をある若者に演奏させようと考えた。
　その若者こそが、当時19歳のウィリアム・カペルである。
　この協奏曲がアメリカ初演されたジュリアード音楽院に学び、ピアノ科の名教授オルガ・サマロワ門下の俊秀として知られていたカペルは、正式にデビューしてまだ１年もたっていなかった。
　クルツの言葉にしたがったカペルは、たった１週間でこの難曲を弾きこなして、クルツを驚倒させた。そして夏の演奏会で披露されたその演奏は大評判となり、カペルの名も一躍アメリカ中に知られることになる。
　カペルの師サマロワは、弟子たちに「スペシャリスト」たることを求める人だった。たとえばそのひとりロザリン・テュレックには、バッハの音楽に集中することを許した。そしてユージン・リストとカペルには、ロシア近現代の作品への集中を望んだのである。なかでも、リストにはショスタコーヴィチの曲を、そしてカペルにはこのハチャトリアンを、十八番とするように指導した。
　カペルはその師の教えに従い、ニューヨークの後にはロス・アンジェルスでもこの曲を弾き、さらには数えきれないほどの演奏をアメリカ全土でくりかえしてゆくことになる。
　サマロワの読みはただしく、カペルとこの曲とは不可分のコンビとなって、20歳になるかならずのこの若者に、ルービンシュタインやホロヴィッツといった大ピアニストたちに伍すほどの人気をあたえた。一流の音楽家と認められた証として、ＲＣＡビクターとも録音契約を結んだ。ハチャトリアンの協奏曲は、クーセヴィッキー指揮ボストン交響楽団という超一流の伴奏を得て46年に録音され、大ベストセラーになる。
　しかし人気の絶頂にあるかれには、ある予言が気にかかっていたという。
　ロス・アンジェルスでリストと一緒に占い師に見てもらったとき、「彗星のような経歴だろうが、真に望むあるものは、手に入らない。そして30歳前に、衝撃的な死をとげるだろう」と予言されたのである。
　その後、かれは同門の２歳年下のピアニストに真剣な恋をしたが、かなわなかった。「手に入らないものとは、これか」とかれは思った。それでいっそう、もうひとつの予言の成就を恐れるようになった。52年９月、かれは30歳の誕生パーティーを盛大にひらいた。予言が外れたことを祝ったのである。

　１年後の53年10月29日、ウィリアム・カペルは飛行機事故で落命した。（山崎浩太郎）

【収録情報】
Disc1
・ショパン：マズルカ集（29曲）

Disc2
・ショパン：ピアノ・ソナタ第３番
・ショパン：ワルツ第１番変ホ長調 op.18『華麗なる大円舞曲』
・ショパン：ピアノ・ソナタ第２番変ロ短調 op.35『葬送行進曲』
・ショパン：夜想曲第１番変ロ短調 op.9-1
・メンデルスゾーン：無言歌op.67-5『羊飼いの嘆き』
・シューマン：ロマンス嬰ヘ長調 op.28-2
・モーツァルト：ピアノ・ソナタ第１６番変ロ長調 K.570〜第２楽章アダージョ

Disc3
・ラフマニノフ：パガニーニの主題による狂詩曲　op.43
　フリッツ・ライナー 指揮ロビンフッド・デル管弦楽団

・ラフマニノフ：ピアノ協奏曲第２番ハ短調 op.18
　ウィリアム・スタインバーグ指揮ロビンフッド・デル管弦楽団

・ラフマニノフ：前奏曲嬰ハ短調 op.3-2
・ショスタコーヴィチ：前奏曲第24番
・ショスタコーヴィチ：前奏曲第10番
・ショスタコーヴィチ：前奏曲第5番

Disc4
・プロコフィエフ：ピアノ協奏曲第３番ハ長調 op.26
　アンタル・ドラティ 指揮 ダラス交響楽団

・ハチャトゥリアン:ピアノ協奏曲
　セルゲイ・クーセヴィツキー 指揮 ボストン交響楽団

・ショスタコーヴィチ：前奏曲第14番
・ショスタコーヴィチ：前奏曲第10番
・ショスタコーヴィチ：前奏曲第5番

Disc5
・ベートーヴェン：ピアノ協奏曲第２番
　ウラディミール・ゴルシュマン 指揮 ＮＢＣ交響楽団

・シューベルト：楽興の時第３番ヘ短調 D.780-3 op.94-3
・シューベルト：ワルツ　ロ長調 D.145-2 op.18a-2
・シューベルト：ワルツ　ロ短調 D.145-6 op.18a-5
・シューベルト：ワルツ　ホ長調 D.365-26 op.96-8
・シューベルト：ワルツ　ヘ長調 D.365-32 op.96-14
・シューベルト：ドイツ舞曲変ロ長調 D.783-6 op.33-6
・シューベルト：ドイツ舞曲変ロ長調 D.783-7 op.33-7
・シューベルト：ワルツ　ヘ長調 D.365-34 op.96-16
・シューベルト：レントラー　ト長調 D.734-1 op.67-1
・シューベルト：レントラー　ニ長調 D.734-2 op.67-2
・シューベルト：即興曲変イ長調 D.935-2 op.142-2
・シューマン：ロマンス嬰ヘ長調 op.28-2
・ブラームス：間奏曲ホ長調 op.116-6
・リスト：『巡礼の年第２年　イタリア」〜ペトラルカのソネット第１０４番
・リスト：ハンガリー狂詩曲第１１番イ短調
・リスト：メフィスト・ワルツ第１番

Disc6
・バッハ：パルティータ第４番ニ長調 BWV828
・バッハ：組曲イ短調 BWV818
・スカルラッティ：ソナタ　ホ長調 K.380 L.23
・モーツァルト：ピアノ・ソナタ第１６番変ロ長調 K.570〜第２楽章アダージョ
・アルベニス：組曲『イベリア」第１集〜エヴォカシオン
・チェイシンス：ピアノ・プレイタイム〜第１曲　虹のワルツ
・チェイシンス：ピアノ・プレイタイム〜第４曲　小川のほとりで
・チェイシンス：ピアノ・プレイタイム〜第５曲　踊るバグパイプ
・チェイシンス：ピアノ・プレイタイム〜第６曲　トリッキー・トランペット
・ドビュッシー：子供の領分
・パーマー：トッカータ・オスティナート

Disc7
・ラフマニノフ：チェロ・ソナタ　ト短調 op.19
　エドマンド・クルツ(VC)

・ブラームス：ヴィオラ・ソナタ第１番ヘ短調 op.120-1
　ウィリアム・プリムローズ(VA)

・ブラームス：ヴァイオリン・ソナタ第３番ニ短調 op.108
　ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)

Disc8
・コープランド：ピアノ・ソナタ
・ショパン：夜想曲第１６番変ホ長調 op.55-2
・ショパン：マズルカ第２４番ハ長調 op.33-3
・ショパン：幻想ポロネーズop.61
・ムソルグスキー：展覧会の絵
・シューマン：子供の情景〜第１曲　見知らぬ国と人々から
・スカルラッティ：ソナタ　ホ長調 K.380 L.23

Disc9
・バッハ：パルティータ第４番ニ長調 BWV828〜第２曲　アルマンド
・モーツァルト：ピアノ・ソナタ第１０番ハ長調 K.330〜第１楽章
・ショパン：ピアノ・ソナタ第３番ロ短調 op.58〜第１楽章
・ショパン：ピアノ・ソナタ第３番ロ短調 op.58〜第3楽章
・ショパン：マズルカ第１２番変イ長調 op.17-3
・ブラームス：ヴァイオリン・ソナタ第３番〜第２楽章
　ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)

・メンデルスゾーン：無言歌op.67-4『紡ぎ歌』
・ウィリアム・カペル・インタビュー〜ルネ・ハーヴィルとの対談（22分）

Disc10
・ラフマニノフ：ピアノ協奏曲第3番
　バーナード・ハインズ(指揮) ヴィクトリア交響楽団

・バッハ：組曲イ短調 BWV.818
・ムソルグスキー：展覧会の絵

Disc11
・モーツァルト：ピアノ・ソナタ第17番 変ロ長調 K.570
・ドビュッシー：ベルガマスク組曲
・ショパン：舟歌 Op.60
・ショパン：夜想曲 Op.55-2
・ショパン：スケルツォ第１番 Op.20
・プロコフィエフ：ピアノ・ソナタ第7番

　ウィリアム・カペル（ピアノ）

　録音：1944〜1953年（モノラル）